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いみじき大工  作者: dorge
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いみじき大工

雨野圭介は、ペンツレーヘムの街で生まれた。彼は両親にそこそこに愛され、健やかに育った。

両親は善良であったが、息子に教養を与えられるだけの余裕にはなかった。

雨野圭介は十六からは、近所の組合に加入し、大工としてやっていくことになった。

裕福ではないが食い扶持は稼げる仕事だった。


20才になってある日、彼はレンガにセメントを塗り、重ねて壁を作る作業をしていた。この作業は地味ながら、彼にとってなかなか楽しいものだった。巨大な邸宅の一角を小さなレンガを積み上げて形作っていくということはそれなりに達成感があった。

その日の天気は晴れていて、日光が身を焼き、額には汗が度々伝った。


何個めだったかのレンガを重ねた時、彼は漠然と気づきを得た。

およそきっかけもない、自発的な気づき。


「そうか、俺は神様なのか。」と。


ふとそのことに思い当たったのであった。なにかの前触れもなく。

それは疑いようのない真実に思えた。空が青いこと、レンガが赤いこと、土がが茶色いことと同じように。

この事実に周囲の者も気づいていないにようだったが、自分がそのことを告げれば、皆もなるほどと、理解するに違いないことも確信した。

自分がこんな()()()()()()ことになぜ今まで気づかなかったのか不思議に思ったが、青天白日の元に晒された明白な真実を人は時に見落とすことも、知っていた。


彼はレンガを積む作業を続けながら、思考を続けた。

彼はそれまで、街の人々とともに、オヌヤ教を信仰していた。オヌヤ教は、基本的にはその文化圏全域に広まる壮大な多神教世界の一部を成すもので、特にその街の地域を守護すると言われるオヌヤの神々を讃え、祀るものだ。雨野自身、そういった行事には度々参加していたし、敬虔とは言えないものの、半ば信じてもいた。しかし、今の彼にはその神々の全てが偽りの、デタラメな産物だと鮮明にわかるのだった。

彼は街の中央に位置するオヌヤの豊穣を司る女神オヴェーラの像を思い出した。屹然たる表情とどこかに漂う親密な暖かさを併せ持つその像はこの街のシンボルであり、さして信仰心のないものであっても、誰もがそれをどこか拠り所にしていた。特に2年前の街の危機以来は殊更そうであった。


◆◆◆


2年前の危機というのは、隣国の急激な領地拡大の波がこの街まで迫った時の話だ。

どの国の下につくかや、国王たちの醜い権力争いには町人たちも興味はなかった。しかし実際に征服された都市とその住人が敵兵たちに受ける扱いの悲惨さは、誰だって容易に想像できた。

隣国の宗教思想においては、力が全てであり、降伏や敗者への慈悲は恥ずべき行いだとされている話など有名だった。それにすでに征服された隣町の恐ろしい有様はこちらにまで伝わっていた。当然国には便りを送り、国は、兵団をこちらに向かわせていたが、目前に敵軍が迫る中、その到着が間に合う見込みはなかった。街に常駐する貧弱な兵力では敵わないことは目に見えていた。


街は混沌に包まれた。剣を取り戦おうと燃える向こう見ずな若者たち、急いで荷を馬車に積み街を去る金持ち、戦争なんてものはまやかしだと、現実逃避して普段の生活を続けるもの、敵に捕まったらなったら飲めと、娘に没薬を渡す親、情報を売り見逃してもらおうと敵地に向かうもの、破れかぶれになってあるいは混乱に乗じて犯罪に走るもの、家に隠れて恐怖に怯えるもの、隠れ家を家の隙間や地面の下に大急ぎで作るもの。


そんな中を、敵兵は攻めこんできた。空は灰色に包まれていた。街を囲む貧弱な石壁に兵士たちと、街の男衆からなる民兵たちが集まり、決死の防衛を試みた。しかし、結果は無残なものだった。寄せ集めの民兵と平和惚けした少数の兵士たちでは、やはり統制され、訓練され、数の上でも勝る敵兵たちには到底歯が立つはずもなかった。門は容易く制圧され、敵兵が街になだれ込んだ。略奪と暴力が街に広がっていった。

敵軍の将も、兵たちと共に街に侵入した。彼は兵たちを単に無軌道に進ませるのではなく、街の外側から、円形に中心へ進むように兵たちを指揮した。これは、住人を逃さないためである。

彼は兵たちの住人への残虐行為を止めようとはしなかった。兵士たちの長い行軍で溜まったストレスをここで発散させてしまいたかった。それに、街が戦場になれば、金品や女を強奪するのは彼らにとって当たり前のことでもあった。彼自身もその時、既に勝利は明白と見ると、他のことは放って近くの美人の尻を追いかけ始めた。将に付く側近たちはそれをやや後ろから、邪魔せぬように追いかけた。将の女狩りを助けることは将の機嫌をすこぶる損ねるため禁じられていた。


街の動乱に逃げ場を無くした者たちは多く自然と街の中心、オヴェーラ像の近くに集まっていった。

その中には街ではある有名な子供も混じっていた。彼は理性はおよそ真っ当らしいが、言葉を解さず、代わりにいつも呪文のような無意味な音節を操る不思議な少年であった。彼はまだ10才ほどで、普段は家族の手伝いをしており、言葉の点を除けば普段はただのあどけない少年であったが、時たま何もないところに向かって話をしていたり、突然何かに憑かれたように大声で叫ぶものだから神がかりだとか悪魔憑きだとか言われていた。

彼はその時も周りの騒ぎにもかかわらず、落ち着いた表情でブツブツと何かを呟きながらゆっくりオヴェーラ像に近づいていった。彼はいたってのどかな表情を浮かべていたが、その周囲には何か尋常ではない雰囲気があった。

そして像の目の前まで来ると、()()()()()()ことのように、彼はその白い石の口元に口づけをした。


それを見たいくつかの者は(その中に雨野もいた。)"何を馬鹿なことを"と、呆れたが、その次の瞬間さらに馬鹿げたことが起きた。


唐突な轟音と激しい明滅。

それが一度ではなく、幾たびか繰り返された。


皆が目を閉じた。そして、それが終わり、皆が目を開くと、街の数カ所から煙が上がるのが見えた。雷が突然周辺に続いて落ちたのだ。動揺しているうちに、甲高いラッパの音がなったかと思えば、敵兵はせわしなく撤退して行った。

後から聞けばその雷で敵の将は死んだということだった。そして、彼らにとって、将を失えば、習わしとしてそれは敗北を意味していた。



その出来事以来、それまでむしろ形式的であったオヌヤの神々への信仰、とりわけオヴェーラとその像への信仰は街の民にとって非常に重要なものとなり、同時に、不思議な言葉を操る少年は、神の使いであったと崇められ畏れられるようになった。


雨野圭介もまた、当然その戦いの最中にいた一人であり、奇跡の目撃者の一人であった。それゆえにオヴェーラ神の力も、子供の霊感も半ば信じていたのであった。しかし、今となっては、信じていた自分が恥ずかしかった。


あれは実は自分の力の発露なのではないか。


そうでなければ、偶然の符号にすぎなかったのだろう。


雨野は、馬鹿げた誇大妄想に取り憑かれた街の人たちを浅ましく思った。

気が向いたら続きをかくかも

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