異世界転移編 ⅰ
初投稿、初小説です。気長にゆっくり書いていきたいと思っています。過度な期待はしないでください。
何ということもない普通の人生。
それが俺ーー津田小次郎の生きてきた35年間に最もあった言葉だろう。
少々名前の知れた大学を卒業し、医薬品会社に就職した。現在は都内のマンションで一人暮らし。もちろん彼女はいない。
中学高校と口で話すには恥ずかしすぎるような生活を送ってきたことが原因だと思う。
真面目に告白したのにクラスで広められ、学校中の笑い者にされたことがトラウマとなり、深い関係には踏め込めなくなった。
顔が悪いとか、身長が低いとかではないと思いたい。
逆にこの歳まで生きると、俺には結婚のセンスがないのだと諦めの境地にも達してしまう。
「相変わらず辛気臭い顔してんな。津田」
過去を思い出しナイーブな気持ちになっていると、遠慮無しに俺の肩に腕を乗っけてくる爽やかな男。コイツの名前は日高幸雄。
日高とは大学からの付き合いになるから17年ぐらいか。コイツはイケメンでモテるし、仕事もでき、性格も良いと神様が惚れてるのかと勘違いしてしまうほど恵まれた男だ。
そして俺の唯一の親友とも言える。信用もしている。まぁ、相変わらず遠慮というものが一切ないが。
「昔のことを思い出していただけだ」
「あー大学の頃? 懐かしいな。大学は人生の夏休みって言われてるけど……」
「短すぎる。もっと休みたいだろ」
「そうかい? かなり充実していたと思うけどな」
正直理系の大学だと終盤は就活やら、卒業論文で地獄のような時間を過ごしていた。ゼミでも活動はあったが、基本的には日高が纏めてくれたからそっちの面では苦労はしなかった。
「お前は凄いよ本当に」
「はは、そうでもないよ。一緒に頑張ろう」
「そうだな。って、今日は新薬の説明をしなくちゃいけないのか」
「インフルエンザのやつか……アレは少しばかり手間がかかる。新薬としては効果的だけど」
鞄からタブレットを取り出し、新薬の説明が書かれたページを画面に映し出す。
具体的な説明を省くが、簡単に言えばウイルスが従来の薬よりも早く体内から消すことができる。そのため、仕事や学校に早期に復帰できるというものだが。もし、少しでも残っていれば感染者が増えてしまうリスクがある。
「あとは、使用期限の短かさだな」
「使用手順も従来のモノとは違うからな。慣れてないのは致命的だ」
「医者側からしたら厳しいところだな。メリットもあるが、デメリットが大きい」
「そうだな。まぁ、津田なら大丈夫だろ」
爽やかな笑顔で照れることなく全面的な信頼を寄せてくる。俺の方が恥ずかしくなる。
「今日終わったら一杯どうだ」
「いいな。津田がオススメする場所は間違いがない」
たまにはコイツ酒を飲むのには丁度いい。今日は頭を下げることも多そうだし、ご機嫌取りを沢山することになるだろう。疲れた体には美味い酒とそれに合う肴だ。幸せな気分になれるしな。今回は居酒屋だが、いつも家で飲んでいる時は基本アニメを見ている。今度日高も誘ってみるか、あわよくばコイツもオタクにしてやろう。
「疲れた体には日本酒だ……なら、どこにすっかな」
俺は店を探すために頭の中で検索をかけていると、
「避けろ!!!!」
「車だ!!」
切羽詰まったような危険を伝える声。
その声に振り向くと、歩道へと一直線に突っ込んでくる車が見えた。その距離は数メートル程度、鉄の塊は今も止まることなく進んでいる。
だから俺は、迷いなく日高の背中を蹴り飛ばした。その直後俺は勢いよくビルの壁に吹き飛ばされた。空中を舞う一瞬だが、日高はしっかりと避けられたことは確認できた。
もはや痛みすら感じない。俺は眠るように意識を手放した。