第51話 強制解決
沈黙に満たされた空間。
無数の視線が注がれているのを感じる。
かなり居心地が悪いものの、不用意に動くことは許されない。
現在、俺は王城の謁見の間にいた。
この世界に召喚された際に使われていたあの場所だ。
それほど前ではないのに懐かしく感じる。
もうここへ来る機会は訪れないと思っていた。
まあ、この場所には勇者の資格を剥奪されて追放された記憶しかないが。
そういった経緯がありながらも、真逆の理由で再訪することになるとは、奇妙な巡り合わせというか皮肉めいたものを覚えてしまう。
俺は片膝を突いて跪いていた。
これが正式な形らしい。
よく分からないけど、直前に教えてもらったので実践している。
前方には国王がいた。
数時間前まで幽閉されていたとは思えない、威厳ある雰囲気を醸し出している。
立場的にそういった弱い部分を見せられないのだろう。
俺の後ろにはシルエが同じく跪いている。
此度の出来事における最大の貢献者として呼び出されていたのだ。
左右には国の重鎮や騎士たちが並んでいる。
誰もが口にしないながらも、少なからず当惑の色を顔に浮かべていた。
自分たちが洗脳されていたことへの実感が湧かないのだろう。
ただ、漠然と操られていた感覚は残っているはずだ。
故に不満や文句を発さない。
それは国王も同様である。
気まずさすら覚えるほどに長い沈黙を経て、国王が重苦しい口調で話し出した。
「勇者スドウに魔術師シエルよ。貴殿らの偉大なる助力に感謝する。望みを言うがよい。可能な限り叶えてやろう」
「では、お言葉に甘えまして――」
跪いたまま、俺は予め考えていた希望を述べる。
その内容はシンプルだ。
洗脳されていた勇者や兵士への処罰を寛大にしてもらうことと、囚われていた勇者たちを咎めないことである。
別に多くは望まない。
ただ、タウラとクジョウによって操られていた人間に罪はないのだ。
彼らが不当に裁かれるような事態は避けたい。
「ふむ、それはまた難しい希望を……」
腕組みをする国王は、顰め面で唸る。
至極当然のリアクションだった。
召喚勇者が反逆したのだ。
不信感が募っているのは言うまでもなく、俺たち能力者が危険であることが周知の事実になっている。
異能力者をまとめて処刑すると言われてもおかしくなかった。
周囲の貴族連中も似たような反応だ。
今回の件で勇者という存在自体に懲りたのだろうか。
全体的に排斥を進めそうな雰囲気がある。
(まあ、やっぱり無理か……)
穏便な解決が無理だと悟った俺は、ポケットに隠し持っていたい数個の飴玉を豪快に噛み砕いた。
そして、本気のスピードを以て国王の背後を取り、手のひらに生み出したネジをその後頭部に押し込む。
人外の域に達した俺のステータスの前では、誰も反応することなどできなかった。
頭部にネジが埋まった国王は、虚ろな表情で俯いてしまう。
噛み砕いたのはすべて【幻々脳離】を封じ込めた飴玉である。
牢屋で囚われた勇者を救出した際に出たものだ。
此度の出来事を丸く収めるため、俺はこれを密かに持ち続けていた。
洗脳が発端なら、洗脳で上書き修正するのが手っ取り早い。
あまり褒められた方法ではないが、異能力者が迫害されたり反逆罪で処刑されるよりは遥かにマシだろう。
洗脳を受けた国王は、玉座に座ったまま首をふらふらと揺らしている。
飴玉の同時使用によって【幻々脳離】の出力は大幅に上がっていた。
これなら問答無用で洗脳できるし、解除も不可能に近い。
洗脳もあっという間に浸透するはずだ。
「ゆ、勇者! 貴様、何をした!?」
「国王様が!?」
「またもや反逆か! これは許されざる蛮行だッ」
騎士や貴族が動揺の声を上げる。
既に臨戦態勢に入っている者も多かった。
そりゃ当たり前だ。
目の前で国王に危害を加えたのだから。
しかし、彼らが何かしらの動きを見せる前に、シルエが各種魔法で無力化してしまう。
これも手筈通りだ。
任せた俺が言うのも何だが、片手間に無力化をこなすシルエの実力には脱帽だよね。
下手な異能力者よりよほど手強い存在になっていると思う。
その後、壁や床や天井に隠れていた暗殺者らしき人間も残らず捕まえて、全員まとめて【幻々脳離】で洗脳してやった。
たぶん展開次第では飛び出して俺たちを襲わせるつもりだったのだろう。
やはり強硬手段に出て良かった。
結局は国王たちも俺とシルエに感謝こそすれど、完璧には信頼していなかったのだ。
室内が静かになったところで、俺は意識が曖昧な国王の耳元で囁く。
「いいですか? これから話すことが真実です――」
ゆっくりと言い聞かせるように、虚実の織り交ざった都合のいい"真実"を吹き込む。
まず今回のクーデター騒動は、表沙汰には洗脳魔法を操る魔族の仕業ということにした。
城内の人間にもこれで通す。
国としても、召喚したばかりの勇者が反旗を翻したというのは民の信用を損なうので困るだろうからね。
次に今後の細かな取り決めだ。
自らの意思でタウラに加担した勇者と兵士は、秘密裏に奴隷落ちさせることにした。
魔法で縛り、王国の裏部隊の一員として働くことにさせる。
あえて処刑にまでは至らせない。
戦いの被害が城内で収まっていたのが要因だ。
これが王都全体に甚大な被害を及ぼすものなら、相応の報いを受けさせる必要があっただろう。
強力な人的資源こそ、感情論に流されずに有効活用すべきだと思う。
囚われていたり、洗脳されていた勇者はお咎めなしだ。
むしろその活躍を評して報奨を与えるように促した。
ただし、国王と勇者は契約魔法で互いの間に約束を付けるようにする。
勇者は異能力を不当に使用しない。
王国は勇者の自由意志を尊重する。
後者の具体例を挙げると、勝手な都合で呼び出して消耗品のように扱うのは禁止といった感じか。
それと希望者のみが勇者として残り、それ以外は王国所属から自由に抜けても構わないようにした。
これで余計なトラブルが起きる心配は減らせただろう。
俺の話を聞いた国王は、寝ぼけた表情であっさりと承諾する。
あまりに異能力者に有利な条件だと、さすがに違和感を持たれる可能性があった。
これくらいが落としどころだろう。
双方にとって損はない。
その場にいた騎士や貴族や暗殺者たちにも同じ内容を吹き込んでおいた。
強化状態の【幻々脳離】なら、数分で終わる簡単な作業である。
(本当に便利で危険な異能力だな……)
こんな代物を自由に扱えるとなると、確かに国を乗っ取ってしまおうと考えてしまうかもしれない。
それだけの可能性を秘めているのだ。
なんとなくタウラの感覚が分かったような気がした。
「……まったく。綺麗ごとだけじゃ上手く行かないんだね、世の中って」
洗脳に染まった謁見の間を眺めて、俺は苦笑気味にぼやいた。