第33話 戦いの始まり
(さっそくお出ましか……面倒な)
俺は現れた勇者を睨み付ける。
こいつの名前はハタセ・ミナト。
Aランクの異能力者だ。
高飛車な性格で、異能力者であることに誇りを持っている。
同時に格下だと見なした者に対しては、どこまでも卑劣で冷酷な言動を取る。
典型的な異能力至上主義者なのだ。
なぜ詳しく知っているかと問われれば、経験則の一言に尽きる。
ハタセは俺たちを見回しながら余裕の表情で笑う。
「ワープ持ちのナナクラが失踪したんだから、転移対策が無効化される可能性くらい考えていたさ。だから、階段の上でずっと待っていた。実を言うと、この地下牢獄の本当の看守は俺でね。ヒーロー気取りの馬鹿共がここから侵入すると思って志願したんだ。そして大当たりってわけさ」
ペラペラと饒舌に自分語りをするハタセ。
その間に俺はステータスを確認させてもらう。
案の定というべきか、彼は洗脳状態ではなかった。
自ら進んでタウラの部下になったということだ。
まあ、嬉々として喋る姿を見れば一目瞭然だもんな。
本当に生き生きとしている。
俺は魔法銃を構えながら一番前まで進み出てハタセと対峙する。
この中で最も死ににくい人間が前衛を担うべきだろう。
それに、こいつのパワーではたぶん俺を殺せない。
一方、ハタセは俺を見て目を丸くする。
口元は愉悦と嘲笑に歪んでいた。
「おお! おお! スドウじゃないか! お前がいるのは本当に驚いたよ。カネザワが異能力者の味方を集めたのは分かるが、よりにもよってFランクの雑魚が何しに来たんだ? 言っとくが、お前がいくら役立たずでも、俺は遠慮せずに殺るからな?」
ぶつけられるのは無神経な罵倒の数々。
もう慣れているので腹も立てないが、その煽りスキルには尊敬の念すら覚えるよ。
異世界に来ても性格は微塵も変わっていないらしい。
それどころか、好き放題できるようになった分だけ悪化している気さえする。
「しかも現地人の魔法使いを連れてくるなんて、よっぽど人が足りてないんだろうなっ! 異能力者に勝てると思っているのか? これだから無能共は――」
「少し黙ろうか」
得意げに悪口を披露するハタセの言葉を遮り、俺は魔法銃を発砲した。
連続で放たれた光弾が一直線に飛んでいく。
そのまま炸裂するかと思いきや、ハタセの姿が霞んで消えた。
次の瞬間、胸部に爆発するような激痛と衝撃が走る。
「――――っ」
呼吸が止まる。
同時に体内の骨が軋んで砕けるのを知覚した。
とてつもない力で殴られたかのようだ。
俺は後ずさりながら吐血する。
踏ん張ることで吹き飛ぶことだけは避けた。
体勢を立て直す頃には痛みは薄れてなくなる。
俺は口元の血を拭いながら前を見据える。
消えたはずのハタセが同じ場所に立っていた。
「忘れたか? 俺の異能力は【行動加速】ッ! あらゆる行動速度を常人の数百倍に加速できる! その銃モドキの攻撃は強そうだが、俺のスピードには付いてこれないのさ!」
ハタセは不敵な表情で異能力の自慢をする。
ご機嫌そうで何よりだ、本当に。
彼の所持する勇者のスキルは【金剛拳】【破壊拳】【粉砕拳】の三つだ。
どれも似たようなスキルで、共通して拳を強化するパッシブ系の能力である。
称号欄の【拳闘士】がその戦闘スタイルを物語っていた。
さっきの俺のダメージは、目にも留まらぬ速さで動くハタセによるパンチだろう。
三つのスキルと【行動加速】のスピードの相乗効果で威力を底上げしたのだと思う。
能力値自体は大したことがなかった。
平均的な冒険者にやや劣るくらいだろう。
唯一、素早さだけが俺と同程度なのが特徴か。
つまりは700オーバーの人外クラスである。
ここに異能力とスキルによって数値では測れない強化が施された結果、先ほどの超スピードの攻撃になるらしい。
全く以て面倒臭い。
光弾を避けるなんて尋常じゃないぞ。
今の俺のステータスでも真似できるは怪しい。
それを初見でやれるなんて、性格や言動はともかく実力は確かだ。
「これでも、食らえッ」
【液状人間】のキタハラが黒い矢を生成して射出する。
三種類の魔法系スキルのうちの【闇魔法】を利用したものだろう。
なかなかの速度で飛ぶ黒い矢はしかし、ハタセに避けられて壁に突き立つ。
「無駄無駄っ! そんな欠伸の出るようなスピードで俺に当てられると思うな、よッ!」
ハタセの声と共にキタハラを殴り飛ばされた。
彼女は鉄格子に衝突して気を失う。
うずくまって震えており、HPが大きく減っていた。
一撃でダウンか。
やはり相当な威力と見ていいな。
超速の拳を食らいながらも、俺はカネザワに問う。
「【収集癖】でハタセを止められないのかっ?」
「無理だ! 俺の【収集癖】異能力の目視か、異能力者との接触が必須なんだ。今のハタセのスピードでは目で捉えられない。仮に異能力を解除できたとしても一瞬だろう。すぐに復帰されるから焼け石に水だ!」
返ってきたのはあまり嬉しくない回答だった。
なるほど、ハタセとカネザワの異能力は絶妙に相性が悪いらしい。
それを理解しているからこそ、ハタセも余裕の態度なのだ。
もっとも、一撃離脱を繰り返しているのは、カネザワに目視されて【行動加速】を止められるのを警戒しているためだろう。
「おい、スドウ! お前、どんだけ頑丈なんだ? そろそろ死んでもおかしくない頃だろうがよ」
霞むハタセが連続で殴ってくる。
そのすべてが俺の身体を的確に破壊するが、修復される速度に押されていた。
(このスピードさえどうにかできればなぁ……)
ハタセの攻撃を受けた感じだと、彼では俺の再生能力を突破できない。
つまり殺される心配はないわけだが、それは俺に限った話である。
今はハタセが俺を殺そうと躍起になっているので安全だが、味方が攻撃を受けると一発で行動不能に陥りかねない。
それに時間をかけすぎると、今度は増援がやってくる。
早期決戦が望ましい。
解放した勇者たちが戦えるなら楽勝だが、まだ期待できそうにない。
彼らが調子を取り戻すのを待っていたら全滅する。
ハタセは行動不能な勇者より先に、動ける俺たちを潰すつもりだ。
逃げ出そうにも【空間歪路】のナナクラが気絶している。
この状況で彼を起こして離脱するのは不可能に近い。
つまり、ハタセを倒さねば進むことも戻ることもできない。
単純明快だが面倒なことだ。
「ほらほら、どうしたッ! そんな攻撃じゃ俺に当たらねぇよッ」
魔法銃の連射を避けたハタセが、縦横無尽に牢屋内を疾走しながら高らかに笑う。
彼の動きに合わせてさらに光弾を撃ち込もうとしたら、予期されて顔面を殴られた。
折れた鼻を元に戻しつつ、俺は血を吐き捨てる。
(こうなったら地下牢獄の耐久値を奪って捨て身で生き埋めに――ん?)
いよいよ最終手段を視野に入れ始めた時、ハタセが突然転んだ。
彼は加速を殺し切れずに壁に衝突する。
「ぐびゃっ!?」
無様に倒れたハタセは慌てて起き上がろうとするも、手足が痙攣して上手く動けないようだった。
見ればステータスに「状態:麻痺」が追加されている。
(いつの間に? 誰がやったんだ)
俺は何もしていないし、この場の人間で麻痺系統の異能力持ちはいないはずだ。
芋虫のように蠢くハタセを眺めていると、背後からシルエが進み出てきた。
彼女はハタセに杖を向けながら告げる。
「この空間に麻痺効果のある魔法の煙を充満させました。ただし、効力は微弱です。普通なら一時間吸い続けても平気でしょう。ただし、呼吸のペースも常人の何百倍にもなっているのなら話は別です。あなたは、行動を加速させる能力だと言っていましたね。それを利用させてもらいました」
ハタセの状態異常は、シルエの仕業だったようだ。
彼の【行動加速】の特性を逆手に取って、魔法で無力化したのである。
異能力の効果を聞いてからこの短時間でそこまでやってしまうとは凄まじい。
やることがえげつないね。
味方でよかった。
「ぐぅ、こ……の……っ!」
ハタセは焦った様子で何事かを呻く。
視線は憎々しげにシルエだけを睨んでいた。
お得意の罵倒もできないほどに麻痺が進行しているようだ。
「シルエ、助かったよ」
「いえ、お役に立ててよかったです」
「……まっ、魔法如きで……!」
這いつくばるハタセは、息も絶え絶えに悪態を吐く。
やっと発したセリフがそれなのか。
とことん救いようがないやつである。
異能力や勇者のスキルを使われると面倒なので、俺はハタセの手足を棍棒で破壊した。
あまりの痛みにハタセが気絶したところで、【数理改竄】によって彼の素早さを一桁に下げる。
いくら異能力に恵まれていても、ここまで素の能力値が低いと満足に活かせまい。
手に入れた700オーバーの数値は物理攻撃力に割り振った。
元物理攻撃力の数値は、さりげなくカネザワに触れることで彼のHPにプレゼントする。
【数理改竄】の仕様については秘密にしておきたい。
ここには鑑定能力を持つ人間もいないので、俺が何をやったかは分からないだろう。
「これで一人か……」
俺は出入り口を注視する。
誰かが来る気配もない。
カネザワの【人物検索】によると、城内の兵士が戦闘態勢になっているらしい。
いくつもの部隊に分かれて行動しており、その一部が地下牢獄へ近付きつつあるそうだ。
その中には異能力者も混ざっているのだとか。
「いよいよ後戻りできないな……戦争開始だ」
自然と速まる鼓動。
魔法銃で肩を叩きつつ、俺は小声で呟いた。




