第21話 邂逅する異能力者たち
(あいつら、何しに来た……?)
ここは街道から大きく逸れた森の中。
何か用事でもなければ、訪れないような場所だ。
それなのに三人の勇者と遭遇した。
あまり楽観的には考えられないシチュエーションである。
元々、俺は役立たずと判断されて城を追放された。
国に敵対するようなことをした覚えはないが、もしかすると今になって始末しに来たのだろうか。
だとしたら厄介すぎる。
よりによって異能力者を寄越してくるとは。
俺は油断なく身構えながら、三人のクラスメートを観察する。
鉄仮面のような無表情ぶりを見せる長身の少女は、ノザカ・イセハだ。
異能力は【千手】と言い、無数の見えない手を伸ばして操ることができる。
それらの手は任意で物体をすり抜けたり、逆に迫る物体を防いだりできる上、破壊してもノザカ自身に影響はなく、すぐに新しい手が生まれるらしい。
以前、授業の中で彼女が自動車を引き千切るのを目撃したが、あれはかなりの怪力だった。
手はノザカとの距離が離れるほどパワーが弱まると聞いたことがあるものの、それでも常人を遥かに凌駕するレベルだろう。
学園内でも有名なSランク異能力者だった。
赤ゴリラの動きを止めたのは、【千手】の力だろう。
不可視の手を駆使すれば、それくらいは造作もないはずだ。
その気になったら、一人で赤ゴリラを圧殺することもできたに違いない。
Sランク異能力者は本当に規格外の存在なのだ。
俺みたいなFランクとは次元が違う。
そんなノザカの横で、頭の後ろで手を組んで微笑するのはクラウチ・ナヒトである。
彼の異能力は【傷瘴弾】。
Aランク指定であり、その効果は自他問わず触れた怪我を吸い取って、それをエネルギー弾として撃ち出すというものだ。
エネルギー弾は吸い取った怪我の程度によって威力が変動し、命中時の破壊現象も元の怪我によって性質が変わる。
例えば切り傷から生成したエネルギー弾は、当たると相手に切り傷を与える。
攻撃と回復を両立させた珍しいタイプの異能力だ。
赤ゴリラに炸裂した光線の正体は、彼のエネルギー弾だったらしい。
ちなみに彼が両手に包帯を巻いているのは厨二病とかではなく、【傷瘴弾】に使うための怪我を隠すためのものだ。
あれでいつでもエネルギー弾を撃てるようにしているのである。
追い詰められるほどに強さを増す異能力であり、純粋な戦闘能力は非常に高い。
死にさえしなければ、どんな大怪我だってエネルギー弾に変換して治癒できるのだ。
敵からすれば、これほどやりにくい相手もいなかろう。
赤ゴリラの肉片を剣で弄んでいるのは、シマ・キサナだ。
Aランクの異能力者で、霊をその身に取り込んで肉体を強化する【憑霊術】の使い手である。
噂では取り込んだ霊によっては特殊な技能や知識を一時的に身に付けられるらしい。
先ほどの卓越した剣術を見るに、ひょっとしてこの世界の剣士の霊でも宿しているのか。
シマが武術を嗜んでいるという話は聞いたことないから、おそらく間違いはない。
ステータスにも【状態:憑依(ラスティー・ニアホーク)】と表示されている。
スキル欄も剣に関わる戦闘系のものが多い。
どうやら憑霊中は、霊が生前に得ていたスキルも扱えるようになるようだ。
明らかに破格の異能力である。
ファンタジーなこちらの世界なら、奇想天外な霊がうようよいそうだ。
分かりやすい話、俺が殺したばかりの"魔弾"のジークを身に宿せば、ずぶの素人でも一流の戦士になれる。
元の世界でも有用だった異能力が、異世界に来て真価を発揮したのだろう。
ある意味、俺と同じパターンなのかな。
いや、汎用性が高い分だけ【憑霊術】の方が上位互換か。
状況に応じた霊を憑り付かせることで、臨機応変に動けるからね。
夜の森から現れて赤ゴリラを瞬殺したのは、そんな異能力者たちであった。
(敵対的だとしたら……まずいな)
俺は苦々しい表情で彼らを見やる。
断言しよう。
俺とシルエではこの三人には勝てない。
仮に【傷瘴弾】や【憑霊術】だけなら、まだなんとかなる可能性がある。
俺が再生能力に任せて突撃して【数理改竄】で能力値を奪ってしまえばいい。
ジークに使ったHP激減による即死攻撃を狙うのも有効だろう。
シルエが後衛となって魔法でサポートしてくれれば、勝機はいくらでも見い出せそうだった。
だが、【千手】は駄目だ。
小細工が通用する異能力ではない。
十中八九、こちらが何かする前に拘束されるか、最悪の場合は全身を引き裂かれる。
俺は死なないだろうけど、行動不能になって終わりだ。
おそらくだが【千手】はドラゴンが相手でも正攻法で渡り合えるレベルの異能力である。
Sランク異能力者の名は伊達ではない。
俺はさりげなくシルエを庇うような立ち位置に立つ。
あまり意味はないかもしれないが、少なくとも【千手】以外には対応できる。
携えた魔法銃を意識した。
さっそく活躍してもらうかもしれない。
かなりの速度を誇る光弾なら、三人の不意を突ける可能性がある。
いくら強力な異能力者でも彼らは人間なのだ。
魔族に暗殺されたヒガタのように、状況によってはあっさりと死ぬ。
それを狙うしかあるまい。
俺が戦闘用の思考に切り替えていると、【千手】の使い手であるノザカがこちらに歩み寄ってきた。
彼女は俺たちの数メートル手前で止まって、抑揚に乏しい口調で言う。
「警戒されているみたいだけれど、私たちに敵意はないから。もう勇者も辞めてきたしね」