⑨これからの事
祐奈は翌日には起き上れるようになり、麻理恵が海岸で鬼たちを手伝って朝食の支度をしていると、私も手伝います、と言いながらやってきた。
「もういいの? 」と麻理恵が問うと、大丈夫です、とまた小さな声で答えた。そして、「何かししていないと、また不安になりそうで」と言った。
麻理恵は「そうだねえ」と答えながら、突然、もしこのまま、ここにいることになるのなら、何かやらないと、と少し切羽詰まったように考えた。だが、ここで一体、何ができるのか見当もつかなかった。
ふと、祐奈が、
「…………向こう側、私たちの町ですよね」と対岸を指さしながら言った。
「あの海岸線、それに松の木の生え具合とか、見覚えがある風景と同じです。たぶん潮風の吹きつけ方とかも同じです」
「あたしたちの町…………か」麻理恵は答えながら思った。どこか見も知らぬ場所に来たように感じていたが、案外、場所的には遠くではなかったということか。ではやはり、時間を移動した、つまりタイムスリップしたということかもしれない。だとしたら、街の産業や何かが、これからやることのヒントにならないだろうか。自分たちの町に塩田があっことは昨日の青鬼との会話で初めて知ったことだった。自分たちのいた時代では聞いたことがなかった。規模としては小さなものだったのかもしれない。塩をつくる技術を手に入れられないだろうか、と。
祐奈は隣で汲み置いていた真水をひしゃくで取り、手を洗っていた。料理を手伝う前に、とそうしたようだ。裕奈のきちんとした性格がしのばれる。
そして、ポケットからハンカチを出して、手を拭いた。そのハンカチには可愛い刺繡が施されており、思わず麻理恵は目を奪われ、「なにそれ、かわいいー」と声をあげ、見せて、と祐奈にせがみ、それを手に取った。
にっこり笑ったクジラと夜空の星が小さなマークのように縫い取られていた。祐奈は照れたように「自分で、作ったんです」と言った。
そういえば町では毎年盛大に弁天様のお祭りがある。弁天様は音楽の神様として知られているが、手芸の神様でもあり、わが町は昔、織物の一大生産地だったと聞いたことがあった。夕べ、レンラ(青鬼)と話したときに、以前、彼らの母親が、島に自生している桑に、これも自生する天然の蚕を使って、織物をしていたとも聞いた。それらを使って何かできるかもしれない。
祐奈にその思い付きを言ってみると、顔を輝かせ、「それなら私にもできます」と言う。
その自己価値観の低い言葉に麻理恵は驚きながらも、ここに来て以来初めて、自分の本来の立ち位置に戻れたような感覚を味わいながら、「祐奈にもじゃなくて、祐奈だからできるんだよ! 」祐奈を励ました。
そして、気づかぬうちに祐奈と呼んでいた。