⑧鬼の話
食事が終わって、あと片付けをしているところに青鬼が戻ってきた。手にした食器は空になっていた。
「中山さん、食べたんですね、よかったあ。お世話になってすみません」麻理恵は青鬼にお礼を言った。
いや、と言って青鬼は首を振り、片づけを手伝ってくれた。
「あの」と麻理恵は青鬼に話しかけた。「あたしたちの話、信じてくれてありがとうございます」
青鬼は、うん、と言ってしばらく間をおいてから、
「僕らも似たようなもんだから」と言った。
「さっき、お兄さん…………黄色の肌の方もそんなこと言われてましたけど、どういうことなんですか? 」
麻理恵の問いに、青鬼は自分たちのことを話し始めた。
――――――自分たち三人がこの島に来たのは、自分、青鬼がまだよちよち歩きのころだときいている。一番上のガナヤ兄さん(赤鬼)も5歳、その下のテナイ兄さん(黄鬼)は4歳のころで、二人とも目が覚めたらここにいたとしか記憶してないらしい。ただ、二人の兄には、それ以前の、どこかで、父と母と一緒に暮らしていた記憶がある、ということだった。だが、ここになぜ来たか、の顛末については、二人とも全く記憶になく、つまり、なぜ、自分たちがここにいるのか三人とも全くわからない。幼いころには、自分たちの母親が一緒にいて(この人は薄むらさきいろの肌だった)、対岸の村に塩をもらいに行ったりしていたことは覚えているが―――――-
「塩?」海が目の前にあるのに?
青鬼は説明した。「塩は海水を干しただけでは、なかなか口に入れられるものにはならないんだ。精製する技術が必要でね。対岸の浜には塩田があったんだ」
青鬼は自分の名前はレンラだといった。よく見るとほかの二人の鬼のように髪の間から角が生えていなかった。その代り、額の左右に500円玉くらいの大きさの丸いこぶがあった。
「僕は母親に似たんだと思う。母も角がなくて額にこぶがあった」
そうやって、時々母親が海を渡り塩を手に入れて帰ってくる生活を何年も続けていた。
ある時、母親の帰りが遅く三人で心配しながら待って居ると、漕ぎ手の姿のない船が流れてくるのが見えた。海に入り三人で船を引き上げると中には瀕死の重傷を負った母親の姿があった。持って行った絹は見当たらなかった。母親は、村人に襲われたと言って息を引き取った。
三人兄弟は怒った。母はただで塩をくれと言っていたわけではない。この島には自生している桑があり天然の蚕がいる。母親はそれで糸を紡いで布を織って、塩の代金に支払っていた。暴力を受けるいわれはない。三人は対岸の村に乗り込み暴力の限りを尽くした。そして一生分の塩を奪い取り帰ってきた。
「僕たちは、本当に怒っていたし、村を襲ったことも当然だと思っていた。僕たちはまだ子供だったけど、体は村人たちより大きく強かった。向こうはかなり被害があったと思うよ」
青鬼は続けた。「僕たちは、しばらくは正しいことをしたと思っていた。あいつらに、母さんを殺した奴らに勝ったんだ、と。だけど、僕らはそれから本当に僕らだけ、になったんだ。三人だけに」
青鬼はため息をついた。「僕たちは村にそれまで直接行ったことはなかったけど、母さんを通じて、僕らの味方をしてくれる人たちのことを知っていた。母さんに優しくしてくれる人たちのことを知っていた。でも」
青鬼は麻理恵を見つめて言った。「僕らはそんな人たちをひっくるめて、村の人たち全員を憎んで無差別に攻撃したんだ。…………母さんの友達を殴りつけたかもしれない」
その目には深い悲しみの色があった。
「許されることじゃない。暴力を振るわれたからって、話し合いもせずに、いきなり暴力で報復するなんて」
青鬼は言葉を継いだ。「それから、思い出したように時折、夜中に、対岸から村の人間が渡ってきて、僕らの家に火をつけたり、船を壊したりするようになった。僕らも命がかかっているから、応戦せざるを得ない。どうしたらいいかわからないよ」
そして、そんな風に母親が突然死んでしまったので、自分たち兄弟三人は自分たちがどうしてここにいるのかわからないままになってしまった、と言った。
青鬼は下を向き悲しそうに続けた。「母は、僕らがある程度の年齢になったら話そうと思っていたんだと思う。どうして僕らだけ姿が違うのか、そのことは、こんなに嫌われて当然のことなのかってことを」
―――――――実はレンラたち三人には彼らの知る由もない悲しい過去の出来事があった。
レンラたち鬼の兄弟とその両親は地球のはるかかなた、何億光年も離れたロルン星でごく普通の市民として暮らしていた。両親は、地球で言うところの、公務員のような仕事をしていたが、その年、宇宙バカンスの権利が当たって、家族で出かけることとなった。事前に、レンラたちの父、カミンデが家族の代表で、宇宙船の操縦方法の講習を受け、楽しいバカンスに出かけた………はずだった。バカンスに出かけて四日後、突然、宇宙船の操縦が不可能になり、カミンデは宇宙服を着込んで船外に出、故障個所を修理することを試みようとした。
「だいじょうぶなの? 」
妻のパレッサは心配そうに訊いたが、ロルン星との通信も途絶え、今はほかに方法もない。カミンデは「なあに、講習も受けたし、だいじょうぶだよ」と妻を安心させようと笑顔を見せて、宇宙船の外に出た。…………きちんと安全装置も装着していた。なのに、突然の宇宙嵐にのまれ、カミンデは音のない宇宙で声にならない恐怖の叫びをあげながら流されてしまい…………そして、宇宙船の中で、気をもみながら待つ、妻パレッサの元には、二度と戻ってこなかった。
船外にでたまま帰らぬ夫を何時間も待ったあげく、妻パレッサと鬼の三兄弟の乗った船はこの島に不時着した。パレッサのパイロットスキルでは、操縦がほぼ不可能な船を何とか着地させられただけでも奇跡だった。操縦不能の原因は燃料パネルに付着した宇宙ゴミだったのだが、カミンデをなくし、三人の子どもと見知らぬ星に不時着したパレッサには、その簡単な修理をすることさえ、いわんや、その故障原因を知ることさえ、難しかった。
こうして母子はこの島で生きることとなったのだが、母パレッサがなくなってしまった今、その事情は永遠の謎、となったわけである。