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㉒潮騒(しおさい)

「えっ…………? 司は卑怯なんかじゃないよ」麻理恵は驚いて言った。

「いや」司は言葉を続けた。

「俺は卑怯者だよ。あの時、あの島を出る時、俺は、鬼たちのタイムマシンを自分のために使った」

 その表情は、いつもの穏やかな司とは全く違い、暗く、苦痛に耐えるようにゆがめられていた。

「あたしたちだって同罪じゃん…………」

 少しでも司の緊張を和ませたくて、笑いながら言った麻理恵に、司は首を振って、

「違う…………。俺は助かりたかった、誰かを犠牲にしても自分が助かりたかったんだ!……………ほかの誰も知らなくても、俺自身がそのことを知っている!」

 司は麻理恵たちと目を合わせず、海を見つめた。その視線は、かつてそこにあった鬼ヶ島を探しているようにも見えた。

 司の目には涙は無かったが、その全身から悲壮感が漂っていた。司は、誰も入り込めない、孤独な苦悩の中にいるようだった。

 しばらく沈黙が続いた。

 潮騒の音だけが、三人をその場に引き留めるように鳴り響いていた。

 突然、麻理恵は手に持っていた棒を投げ捨て、海に向かい、大声で言った。まるで、叫ぶように。

「つうかあさあのお、いいところわあ(司の良いところは)」麻理恵のその行動に、司も拓斗も驚いて麻理恵を見た。

 麻理恵は、振り返り、司に言った。

「いつもいつも、一生懸命なところ。冷静沈着なところ。仲間を大事にしてくれるところ。勇気のあるところ」

 「…………勇気?」

 司は、驚きながらも、眉をひそめ、自嘲気味に笑いながら呟いた。

 麻理恵は、そんな司に向き合い、言った。

「司が決めてくれたの、あのボタンを押すって。タイムマシンを動かすって。私たちには決められなかった。勇気がなかった。すごく勇気のいることだったから。救ってくれたの、あたしたちを。自分のためだけじゃない、あたしにはわかる。あたしたちにはわかる」

 麻理恵は再び海に向かって叫んだ。

 「…………ああたあしいとお、たあくうとおとお、ゆううなあにいわあ(あたしと拓斗と裕奈には)」

そこで麻理恵は拓斗のほうを見た、そして、心がつながった。

「わかる! 」二人同時に叫んだ。

 潮騒が鳴り響いた。

 麻理恵は捨てた棒を拾い上げ、『拓斗』と書いた横に『司』と書いた。

 突然、司は両手で顔を覆い隠した。そして慟哭どうこくした。

 こちらの時代に戻った後、司は一時の高揚した気分が収まると、すぐに自己嫌悪に陥っていた。

 あの時、迷いなく、鬼たちを切り捨てた自分に。一人、四六時中、その自己嫌悪にさいなまれながら、誰にも打ち明けられず、司の心は、闇の中で救いを求めていたのだ。

 司の涙が落ち着くまでしばらく待った後、拓斗が言った。

「マリのわるいところはね、…………いつもこの指とまれ、なとこかな」

 麻理恵は怪訝な顔をした。拓斗は笑って

「なんていうのかな…………いつも真ん中で一番前? …………いつもいいだしっぺ? 」

 ああ、と麻理恵は思った。ああ、そうだ、あの時も、祐奈が青鬼のレンラに、自分より先にいろんなことを伝えられていることに、嫉妬した。そんなことは自分にとって、とても不自然なことだったから。

「だから、それを10のうち、7…………いや、8にする。毎回毎回じゃなくて10分の8にして残り2をほかの人に任せたらどうかな? 」

「でも、8より減らしちゃいけないよ。そうしたら、マリのいいところが無くなっちゃうから」と、いつもの穏やかさを取り戻した司が拓斗の後に付け加え、拓斗も頷いた。

 麻理恵は驚くと同時に嬉しかった。自分でも気づかないほど深いところの自分をちゃんと見てくれている仲間がいる、友達がいる。そしてそれを指摘されても傷つかないでいられる。心から信頼しているから。

 麻理恵は思った、男か女かなんて関係ない。自分たちは本当の仲間だ。

「ありがとう、拓斗。ありがとう司」

 麻理恵は自分でも気づかないうちに涙を流していた。司や拓斗に、泣いている理由わけを尋ねられても、自分でも、はっきりとは、なぜだか分からないので答えられないまま、ひとしきり泣いた。

 …………多分、潮騒が、いろいろなことを思い出させ、そして、忘れさせようとしているからだろう。三人が、前に進んで行くために。

  やがて、涙のおさまった麻理恵は、照れたように涙を拭きながら、やっぱり言わずにはいられなかった。「でもね、拓斗、10分の8は通分しなきゃ。5分の4だよ。」と。

 そして、麻理恵は、泣き出した時に捨てた棒を、もう一度手に取り、『拓斗』『司』と書いた砂浜に『麻理恵』と自分の名前を書き足した。

 そしてその横に、丁寧に、しっかりと『祐奈』と書いた。

 海が見ていた。祐奈のまなざしのように優しく。


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