⑳コンクール
司のコンクールの日、麻理恵が客席で司の出番を待っていると、「よっ! 」と言って拓斗が隣に座った。
「あれ? 勉強は? 」と麻理恵が尋ねると、
「今日はなんだか、そわそわしてるな、って、たけもっちにいわれて…………」
今日は司がコンクールに出る日なんだということを話すと、
「友達の応援ならいってこい! 」と送り出されたという。
「いかがっすかあ? 英語のほうは? 」麻理恵がからかい気味に訊いた。
「ばっちりよ。俺って短期集中型かも」と言い、今、高1部分まで進んだという。
「すごいじゃん! 」麻理恵は心からそう思った。
「もうマジマンジ、たけもっち様様…………(ここで拓斗は両手を合わせて拝むポーズをした)。俺、中学の時からたけもっちの生徒だったら、こんなに落ちこぼれなかったかも……。お、次だ」
舞台の上手から、幾分緊張した面持ちの司が登場し、観客席に向かって一礼をする。
顔をあげると、観客席を見回し麻理恵と拓斗を見つけ、笑みを浮かべた。
「余裕があるね。大丈夫だ」拓斗がつぶやいた。
司の演奏がはじまった。美しい調べ。ながれるような旋律。司の指が鍵盤の上をはねる。課題曲の中に見つけた時から、「一番好きな曲だ」と喜んだという、司の大好きなショパンだった。
コンクールが終わった。会場の外で待っていた麻理恵と拓斗に司が合流した。
「ありがとう来てくれて」司が言った。「そして、ごめん」
「なんで謝るの?! 本選の今日に残っただけでもすごいんじゃないの? そのうえ賞もとれたし。何と言っても毎朝新聞社コンクールは全国区レベルのコンクールだし」
司は優秀賞だった。最優秀賞、金賞、銀賞、銅賞・・・、と続いて優秀賞は7名ほども選ばれていた。
「コンクール初参加にしてはいい結果だと思うよ」拓斗も言った。「俺、姉貴、音大だから、わかる」拓斗にお姉さんがいたとは、初耳だった。
だが、司は首を振り言った。「違うよ、全然違う」下を向き、手を握りしめていた。
「違うんだよ…………。上位に入ったやつの演奏は……………。…………なんかこう憑りつかれてるっていうか…………乗り移られてるっていうか…………。まったく次元が違うんだ」
司が顔をあげた。司の目は、麻理恵や拓斗を見ていなかった。
「…………本当にいるんだよ、神に愛された才能っていうものを持っているやつが。俺にはあれはできない、…………俺にはあれは来ないんだ。間違いないよ、以前から何か足りないものがあるとは思っていたけど、…………今日、分かった」
麻理恵と拓斗も黙り込んだ。司の言っていることはわかるような気がした、なんとなくだが。
すべての出場者の演奏を聴いた麻理恵にも、音大に在籍する姉を持つ拓斗にも、コンクールの上位入賞者と、司を含めてその他の出場者との、その違いは感じ取れていたから。