⑲希望を胸に
中山蓮羅と出会ってから、麻理恵は、こちらの世界へ帰ってきてからずっと続いていた不安感、そして他人に対して心を開くのが怖い、という気持ちから解放されることができた。
また、麻理恵は祐奈がこちらの世界に戻らなかった理由を、別の面から考えることができるようになった。そして、あの頃の祐奈の孤独の深さを思うようになった。
自分といることで裕奈は、さらに孤独を感じたかもしれない、と考えるようになった。
同じだったのではないのか、とも思った。祐奈をいじめた人間と麻理恵自身とが。自分の中にもその人たちと同じ部分があったのではないか、と。
麻理恵は、自分は祐奈を自分より下に見ていなかったかと自分自身に問いかけた。
祐奈が、自分より先に、鬼たちに秘密を打ち明けられるほど信頼されていることに(今考えると祐奈とレンラは恋人同士だったのだから、なんでも祐奈に一番先に相談というのは当たり前だった)、なぜ自分ではないのかと、不満と嫉妬を感じていた。
自分は裕奈を対等な友達などとは思っていなかった。マウンティングに勝てる相手と見くびって接していたのではないか。祐奈が自分と一緒にこちらの世界へ戻ることを選ばなかったのも当然である、と。
自分は祐奈が自殺したことを打ち明けてくれたあの時、全く、祐奈の辛さを理解してはいなかった、自分は祐奈の心に寄り添ってなどいなかった、ということに思い至るようになった。簡単に、祐奈をいじめた相手を「許せない。」と言っただけ。その言葉のむなしさが祐奈をさらに孤独にしたのではないか、と思うと、申し訳なさでいっぱいになった。
それなのに、祐奈は、時を超え麻理恵にメッセージを残してくれていた。祐奈は麻理恵を捨てたのではないと。祐奈は愛する人と一緒にいるためあそこに残ることを選んだのだと(麻理恵はあの時、小屋のUFOの中で、祐奈が扉を見つめていたのは、あの扉から出ていったレンラのことを思っていたからなのだと今では確信していた)。祐奈はこっちで居場所を見つけた、幸せな一生をおくったと。そう、麻理恵に伝えるために、様々な仕掛けをのこしてくれた。
祐奈に捨てられたと思い込むことで生じた孤独感は、麻理恵に今まで感じたことのない『痛み』を経験させ、そこに思いをはせることができるまでに麻理恵を成長させていた。
―――――友達と思ってくれていたの?こんなあたしなのに?と麻理恵は思った。
マリちゃん、と祐奈が麻理恵を呼ぶ声が聞こえたような気がした。
三月に入り、少しずつ冬の寒さが温み始めたころ、司が麻理恵に次の日曜日、あいてないか、ときいてきた。
「おデートのお誘い?」麻理恵は、蓮羅と出会ってから元のように軽口を叩けるようになっていた。
「違うよ。…………それでもいいけど」
司は半分本気だが、麻理恵は気づかない。
司は続けた。
「コンクールに出るんだ。毎朝新聞社主催の」
「えっ!本当? 」 毎朝新聞社主催のコンクールは、この地域では一番権威のある音楽コンクールで、そのことは麻理恵も知っていた。
司は頷いて、
「先月の終わりに予選があって、通過した。今度の日曜日が本選なんだ。…………実は、一年以上前から今回の開催に参加するとこを目指して、ピアノの先生に頼み込んで練習してた。両親にそのことを話して、俺のピアノを聴いてもらった。それで、『どうしても夢が捨てきれないなら一度挑戦してみろ』って参加を認めてもらったんだ」
「よかったねえ、おめでとう! 」
「…………まだ、何か賞とったんじゃなくて……………コンクールに参加するだけなんだけど」司は困ったようだった。でも麻理恵は、
「挑戦できるんだよ! 前に進んだじゃん! 」と手放しに喜んだ。
司はその麻理恵の様子を照れくさそうに見ていた。
拓斗と一緒に行くよ、と言う麻理恵に司は、コンクールの日、拓斗は来られない、と言う。なんで?と問う麻理恵に、司は、拓斗は勉強中だと言った。
「勉強中って?」
司の説明によると、拓斗は、鬼が島からこちらの世界へ帰ってきて以来、将来どうしても子供に触れあう仕事がしたい、教師になりたいと、思うようになり、そのためには、苦手な英語を何とかしなくてはと、英語教師の竹本先生に頼み込み、毎週日曜、特訓を受けているという。
「へえ、拓斗が」
麻理恵は向こうの村で子供にリフティングを見せていた拓斗を思い出した。司も、
「あいつがあの時『死んだ』きっかけは、川で溺れてる子どもを助けたせいだったし…………本当に子どもが好きなんだと思う」と言った。
「毎週日曜日って、大変じゃん。たけもっち、よく付き合ってくれるね」
麻理恵の言葉に、
「俺、拓斗が、たけもっちに頼みに行くとき、一緒に付き合ったんだけど、土下座しかねない勢いだった。拓斗の真剣さに打たれたんだろうな。もちろん、拓斗の担任だからもあるだろうけど…………」
そう言った司は、珍しくにやにやと笑いながら、
「でも、もっと大変な事がある。拓斗の英語の力、中一レベルもあやしいんだよ」と続けた。
「えっ!うそっ! 」麻理恵はつい大きな声を出してしまった。
拓斗の英語嫌いは学年でも有名であったが、まさかそこまでとは。
「拓斗・・・。いくら英語が苦手だからって、そこまでほっとくなんて…………」麻理恵はいつも楽観的な拓斗の顔を思い浮かべ、ため息をついた。
「まあ、よくそれで、高校入試を…………一応、進学校でもあるうちの学校の入試を突破できたっていうのも不思議だけど」司も苦笑いしながら言う。
確かにこれも学校の七不思議のひとつであった。