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⑱新たな出会い

 麻理恵たち三人が、『本当に現実だったのだろうか』と振り返って思う、あの、時を超え、鬼ヶ島へ行ったという出来事。だが、それが夢ではないことの証拠が二つあった。

 一つは、戻った三人の制服とジャージがぼろぼろだった事である。数か月の間、下着を洗濯するのが精いっぱいで、着続けていたのだから、当然の成り行きであった。

 「いつの間にこんなに?!」麻理恵の母親は驚いて、すぐに新しい制服を注文した。おそらく、司も拓斗も同じであったろう。

 そしてもう一つは・・・、麻理恵がこちらの世界に戻ったとき、向こうの世界で鬼に借りた、鬼の子供の頃の着物を制服の上に羽織っていた事である。あの日々が、夢ではなかったことの、紛れもない証拠であった。

 だが、彼らにとって大切なものを持ってきてしまったこと、もう決して返しに行けないであろうことを思うと、麻理恵は申し訳なく、そして悲しく、泣きそうな気持になった。


 元の世界に戻れたというのに麻理恵の心は浮かなかった。以前の通りの友達に囲まれているのに、とても孤独を感じていた。

 自分は祐奈に捨てられたのだ、いくら振り払ってもその考えが付きまとい、頭から離れなかった。はじめて心から信頼できる友を得たと思っていたのに、急に自分から離れ、一人ぼっちに置き去りにされたという恨めしい気持ちがいつまでも消えなかった。

 麻理恵の心は、暗い闇に落ち込んだ。


 そんな気持ちのまま日々は流れ、新しい年を迎え、更にひと月が立ったころ、学校の七不思議のひとつである、毎年春に行われる恒例の、地区の学校対抗野球大会の、応援練習が始まった。公式戦でもない野球部の試合の応援を、応援団とチアリーディングを投入し、なぜか全校生徒でやるのである。

 おそらく、理文館だけでなく、どこの学校にも不思議な行事はあるだろう。毎年繰り替えされるそれに、もはや理由が不明でも、誰も逆らうことなく、ただ時期が来れば参加し、遂行する、そんなことが。

 麻理恵はチアリーディングをやっていたので、毎日放課後参加することになった。応援練習はこの時期に集中してメンバーを集めるので一年生は初めて見る顔も多い。練習は体育館前の欅広場で行われたので、体育館の前には、練習に参加する生徒の鞄が集まっていた。

 麻理恵は、その中に、あるはずのないものを見つけ、思わず、叫んだ。「こ…………こ、これ、このバッグ、だれの?! 」

 麻理恵のつかんだバッグはファスナーが半開きで中にいれたスポーツタオルが見えていた。そのスポーツタオルの端に……………夜空の星を背負ったクジラが刺繡されていたのだ。

「え、何? 俺のだけど」答えたのは、色の浅黒い一年生の男子生徒だった。

 ――――祐奈じゃない。

 麻理恵ががっくりと肩を落としたその時、その男子生徒が額の汗を手で拭った。見えた額の左右に、うっすらとだが、500円玉大のこぶがあった。

 麻理恵は人目もはばからず、男子生徒に飛びつき(彼の背が高かったので)、額の髪をめくりあげた。 男子生徒は、思わず麻理恵を突き飛ばした。いきおいで麻理恵は地面に倒れこんでしまった。

 男子生徒は、反射的にとってしまった自分の行動の結果に驚き、しゃがみ込み、麻理恵に言った。

「ごめん! 」

「大丈夫」麻理恵は倒れこんだ姿勢のまま、顔を上げることなく答えた。麻理恵の胸は激しく動悸していた。

 男子生徒は、麻理恵を助け起こそうと、手を貸しながら、

「……………だけど、いきなり、何だよ。人の気にしてるところを思い切り見ようとするなんて…………」と言ったが、そこで、驚いて、言葉につまった。

 麻理恵が泣いていたから。

「ごめん、知ってる人に似てたから」そう言いながら、麻理恵は自分でも気づかず涙を流していた。嬉しくて。直感があった。だが、まだ確信には至らなかった。

「あ、ごめん、ごめんなさい、どこか痛い? 」男子生徒はおろおろしだした。

 麻理恵が、少し膝をすりむいていたので、責任を感じて保健室までついてきてくれた男子生徒は、

「このデコ、変だろ、ちっちゃいころから、これのせいでいじめられて。親父も、『そのデコ、俺を飛び越してお前に出たか』って笑うし。じいちゃんからの遺伝みたいで…………」と話し出した。

 麻理恵は思った。

―――――――ううん、違うよ。きっと、そのずっと、ずっと前から。

 麻理恵は「いじめられたときどうしてきたの? 」と聞いてみた。「黙らせるだけ! 」と男子生徒は答えた。その強さが麻理恵は涙が出るほどうれしかった。

 タオルの刺繡については『家代々のおまもり』で必ず何かに縫い付けて、いつも身の周りに持っていなければならないのだという。

「ばあちゃんの命令でね。ご先祖様が、きっと守ってくださるからって。どういう意味があるのかも分からないのに」

 そう言ってから、ちょっと考えて、「この応援も、そうだよね。なんでうちの学校だけこんなのあるのか、意味わかんないんでしょ? 」と笑った。

 麻理恵は、「何か、大事な意味があるのかもしれないね」と言った。

 今まで考えもしなかったが、今は本当にそう思えた。誰かの、大切な人に、いつか、何かを伝えるための意味が。

 男子生徒は、気のなさそうに、ふうん、と言ってから、

「あとね、うちの家、変なしきたりがあって、兄弟の一番上は、男でも女でも名前がきまってるの。女ならユウナ。オレ、長男なんだけど、その名前のせいで、毎回、名前書くの大変。」

 麻理恵はドキドキしながら聞いた。

「君の名は?なんていうの?」

蓮羅(れんら)。中山蓮羅。」

 間違いない。祐奈とレンラの子孫だった。

『れんら』という読みを持つ名前の漢字を説明し、その画数の多さを嘆く、中山蓮羅の声を遠くに聞きながら、麻理恵は心の中で祐奈に話しかけていた。

 ――――――祐奈、祐奈、あなたの子孫に会えたよ、あなたの子孫はいじめになんて負けない、強い人だよ。

 それは、風が冷たく頬を打ち、空気がピンと張りつめて清浄な、だがこの季節には珍しく、澄み切った青空の、良く晴れた天気の日だった。


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