⑯仲間を探して
「ゆ、ゆう、祐奈、祐奈が…………」麻理恵は、息を切らしながら、とぎれとぎれに声を絞り出した。
「祐奈が、どうしたの? 」司も慌てて聞き返した。
「祐奈の家に行かなきゃ…………。祐奈、あたしたちとは違うの、事故のショックであそこへ飛んだんじゃない。祐奈は自殺だったの。自分の部屋で首を吊って…………」
「えっ! じゃ、まだ家に? 」
「たぶん、そう」
司も考えた、麻理恵と同じことを。
もし祐奈がこの世界に戻ったのが自殺を実行した後の時刻だったら。
そして、その自殺を実行した時刻より前の時間に戻っていたとしても、もしかしたら、こちらへ戻ったことでつらい現実を思い出し、向こうへ行く前と気持ちが変わらず、…………自殺を実行してしまっていたら。
どちらにしても、急いで裕奈のもとに行けば、命を助けられるかもしれない。
祐奈を、自分たちの友を死なせたくない。
死なせるわけにはいかない。
「マリ、祐奈の家はどこ? 」
「花山町の桜公園の近くとしか…………」
向こうの世界では、聞いても無駄と思い、住所どころか電話番号の交換さえしなかった。それは四人とも同じであった。
「事務室、あいてるかな。家に連絡しよう」
8時前の事務室はまだ無人だった。
ふと、司は、事務室前の展示コーナーに目をやり、しばらく見つめていた。何か違和感があるようだった。
「どうしたの」麻理恵に訊かれ、司は、
「いや、別に」と答えながらも、自分の中ではその違和感の正体をつかもうと考えを巡らせていた。そして、
「祐奈の教室、行ってみよう」と続けた。
祐奈のクラス1年6組に二人は急いだ。1年6組の教室にはもう、十数名の生徒が登校していた。
麻理恵はそのうちの女子生徒の一人ををつかまえて、「中山祐奈の家知ってる? 」と勢い込んで尋ねた。
女子生徒は怪訝な顔をして言った。
「誰ですか? それ」
「祐奈よ、祐奈! 中山祐奈! 」麻理恵は食って掛かように言った。その場にいた生徒は、麻理恵のその様子に驚き、水を打ったように教室中が静まり返った。そして、
「だれ、それ? ユウナって? 」「知ってる? 」「知らない」「よそのクラスじゃないの」さざめくように数人が言った後、
「このクラスにはいませんよ」代表するように一人の女子生徒が前に一歩出ていった。
麻理恵はカッとなって叫びそうになった。
「祐奈をいないことにするなんて、いくら何でも」いじめが過ぎる、と続けようとしたところで、
「マリ! 」司に腕をつかまれ、教室から引っ張り出されてしまった。
「何するのよ! 急がないと! 」と怒り狂う麻理恵に
「待って、落ち着いて」と司は言った。そして「何か変だよ」と。
「変って…………何が? 」
司は言った。「祐奈の作品がない」
「作品? 」麻理恵は聞き返した。司は頷き、
「事務室の前に展示されてたんだ。見事な刺繍のタペストリー。家庭科の課題だと思うけど、素晴らしい出来だったから展示していたんだと思う。以前その作品を見たときには、まだ、祐奈の事を知らなかったから、添えてあるネームカードの名前もあんまり印象に残らなかった。でも、今、思い出した。あれ、祐奈の作品だった」麻理恵の腕から手を放し、「間違いないよ」と司は言った。
――――それがどうしたっていうの? …………それはいったいどういうこと?
麻理恵は言葉には出さなかったが、その不可思議な事実の示すことの意味を、混乱する頭で必死に考えた。
司はしばらく沈黙した後、「拓斗に連絡取れないかな。なんとかして」と言った。
「拓斗のクラスに行けば誰か携帯番号知ってるかも」二人はまた校内を走った。