⑫迫る危機
平和な日々が何日も続いた。あのお風呂の日以来、麻理恵は、祐奈と、今までよりもっと心の距離が縮まったと思っていた。
季節は秋も深まり、だんだんと、寒さを感じる季節となった。四人はそれぞれ、自分たちの世界から身に着けてきたもの、司、麻理恵、祐奈の三人は制服を、拓斗はジャージを着続けていたが、近頃の寒さに、鬼たちの子供の頃の着物を借り、上に羽織って、寒さをしのぐようになっていた。その着物の大きさはぴったりで、確かに鬼たちは子どもの時から大人なみの体格だったようだった。
おそらく、鬼たちの母親の手作りであろうその着物は、ぼろぼろに着古されていたが、きちんと洗濯され、破れ目やほころびは丁寧に繕ってあった。形見であり、思い出の品であり、大切にとっておかれたものだろう。それを鬼たちは、「取っておいてよかったよ、役に立って」と、事も無げに、四人に貸してくれた。
祐奈は、蚕から糸を紡ぎ布を織ろうと、鬼たちの母親の残した道具を借り、鬼たち(特に兄弟三人の中では幼くて、いつも母親にくっついていたという青鬼のレンラ)の記憶を頼りに、作業を進めていた。男子二人は鬼たちと一緒に塩田づくりに没頭し、麻理恵はその両方を手伝うという図式が出来上がっていた。
時には失敗したり、作業中に突然の雨で台無しになったりと、悔しい思いもしたが、皆それぞれ充実した時を過ごした。
夜には司が演奏し、みんなで歌を歌い、焚火を焚いて料理をした。
それなりに豊かで満たされていた。
対岸から見える炎や聞こえてくる音楽や歌声に、貧しい村が妬ましい思いを抱いているとも知らずに。
祐奈は親切な青鬼のレンラとよく話すようになっていた。
ある日女子二人で夕食の後片付けをしていると、祐奈が麻理恵に言った。
「マリちゃん、知ってた?よく森の奥にレンラが入っていくでしょう。私、キノコでも取りに行くのかと思っていたんだけど、違うんだって。森の奥に小屋があって、そこに行ってるんだって。そこにある灯明の火は決して絶やしてはならないんだって。鬼たちの神社みたいなものかなあ」
「へえ、あたしも、キノコ採りだとばかり思ってた」
「お母さんからの言いつけで、毎日何回も見てこないといけないらしいよ」
そうなんだ、と相槌を打ちながら、あたしに教えてくれてないことを、祐奈には話すんだ、と麻理恵はすねたように思った。以前、麻理恵が森に入っていくレンラに「どこにいくのー? 」と聞いたとき、「ちょっとね」としか言わなかったのに、と。
いつの間にか麻理恵たち四人と鬼たちとの間をつなぐ役目は祐奈に移っていっていた。
麻理恵は一人、そんなことを考え、黙り込んでいたが、祐奈は、片付けの手を休めることなく、
「レンラ、マリちゃんに感謝してた」
「えっ? 」
「マリちゃんが、塩田作ろうって言ってくれたおかげで、もしかしたらって希望を持つことができたって」
「もしかしたら? 」そう言いながら、なんだろう、と麻理恵は思った。
「レンラたちは、お母さんが亡くなった時、怒って三人で村を襲った。その時に塩を奪ってきた。もし、いい塩が作れたら、あの時奪ってきた分の塩を返すことができるって。暴力をふるったことは許されることじゃないけど、謝りたいって。そして、もしできることならお母さんの親しかった人を探して、いつもお母さんが村でどんな様子だったのか、どんな話をしたのか、楽しそうにしてたのか、そして、なぜ、あの日、あんな目にあったのか、その経緯を聞きたいって」
「そんなこと考えてたんだ」
私ならできるだろうか、と麻理恵は思った。そういう風に考えることが。母親を殺されたというのに。
麻理恵は昔読んだ絵本の中に、鬼ケ島は奪った宝が山と積まれていたって書かれていたな、と思い出した。実際に彼らが奪ったのは生きるために必要な塩だけで、それも代金の絹は先に奪われていたようだったし。
麻理恵たちが初めてレンラたち鬼に出会った時に、祐奈が気を失うほど恐怖を感じたのも、『鬼は悪者』という、幼いころに読み聞かせられ、植え付けられた物語が原因だった。
麻理恵は「先入観って本当に怖い」と思った。実際の彼らはただただ善良で優しいのに。
その時、
「きたぞー! 」とガナヤ(赤鬼)の大声が聞こえた。
対岸の村から襲撃隊が来たのだった。