⑪裸になって
「ううううう……………はああ、ひょおー……………!!!!」麻理恵は思わず声が出てしまった。今までも、もちろん、川の水を沸かして体を拭いたりはしていたが、お風呂に…………お湯に…………浸かったのは、こっちの世界に来て以来、初めてだった。
「風呂桶あったんだねえ」麻理恵は一緒に入っている祐奈に言った。
ここでのお風呂の沸かし方は麻理恵たち四人誰もが初めて見る方法だった。木でできた長方形の風呂桶に水をためて、砂浜で焚火の中に石を入れて焼き、その石を風呂桶に貯めた水に入れ、石の熱を移し、水を湯に変えるというやり方だった。
「へえー! 」黄鬼のテナイが教えながらやってくれるその作業を四人は感心して見ていた。
風呂に入る順番は麻理恵がじゃんけんで一番を勝ち取った。鬼たちはじゃんけんを知らなくて、四人で鬼たちに、そのやり方を教えながら勝負をした。
砂浜の真ん中に置かれた風呂桶は、当然のように目隠しする囲いなどなく、折しも、今夜は満月。煌々(こうこう)と照らす月明かりの下、視線を遮るものなんて何もない。
「見られませんかねえ」祐奈は最初しり込みしたが、麻理恵は「もーみられてもいい! どーでもいい! 」と風呂に飛び込んだ。祐奈はその後について入った。
村のある向こう岸が正面に見えた。
「あっちから望遠鏡で覗いたら丸見えですよ…………」と、まだ祐奈は気にしていたが、
「望遠鏡、誰も持ってないって! 」と麻理恵は笑った。それに紳士の青鬼のレンラがこの島の男たちは寄せ付けない、と請け負ってくれていた。
しばらく無言で星空を見上げた後、祐奈が
「マリちゃん…………」と話しかけてきた。
「私、言ってなかったけど、あの日、ここの世界に来たのは…………自殺したからなんです。事故じゃなくて。…………自分の部屋で首を吊って……………」麻理恵は驚いたが、裕奈の顔を見るだけで言葉を継ぐことができなくて、黙って聞くことにした。
「入学したときは問題なかったんです。夏休み前ぐらいから、物がなくなりだして、みんなが無視するようになりました…………」
祐奈の話では、おそらく、加担しているのは数名だが、クラスの女子のほとんどは知っていた。そして口をつぐみ、見て見ぬふりを決め込んでいたのだと思う、と。
「それでも夏休みが開ければ何か変わるかもと思っていたんですが…………」クラスの女子全員から無視され続け、自分一人必要な連絡も来ない状況は変わらなかった。それどころか、ある日、
「階段で足をひっかけられたんです」
階段から転落し、右足を骨折したという。
翌日ギプスをし松葉杖をつき登校した。
昨日の今日だが、足をひっかけたのは誰、と特定できなかった。階段のところにクラスメートが数人たまっていたから。
クラス担任は朝のホームルームで、階段でふざけるんじゃないぞ、としか注意しなかった。
それでもさすがに、いじめグループは、まずい、と思ったのか、移動教室の際などに「持ってあげる」と祐奈の荷物を持ってくれた。三日ほどは。四日目に「あーもう、やってらんない! 」と言って階段の一番上から祐奈の荷物をぶちまけたのだという。
祐奈は松葉杖をついて、一つづつ、拾うしかなかった。ペン一本、消しゴムひとつ、と。
随分時間がかかり次の授業はかなり遅刻してしまった。
家に帰って母親に、今日松葉づえで階段を歩いていて、転びかけて怖かった、やっぱり明日からギプスが取れるまでお休みしたいといって、三週間ほど学校を休んでいたという。
そしてあの日、どうしても、もう学校に行きたくないと思いつめ、事に及んだそうだ。
「そんなことがあったの…………」
麻理恵は地元では名門校として知られる自分の学校に対して、そしてそこの生徒であることに対してプライドを持っていた。自分の学校でそんなことがあるとは信じられなかった。そんな理屈の通らないことが起こっていたなんて。
「許せない」麻理恵はつぶやいた。
「いじめの原因については、私も何かいけないことやったかもしれないし…………でも、心当たりはないんです」そう言って祐奈は泣いた。お風呂のお湯がしょっぱくなるまで。