⑩今の日常と夢
麻理恵と裕奈は早速、翌日から行動を起こすことにした。
二人は鬼のレンラたちに聞いて鬼たちのお母さんが絹のもとになる蚕を採取していた桑畑に案内してもらった。そこの桑には、多くはないが確かに繭がついていた。そして、その繭は驚いたことに、染めているわけでもないのに七色に輝いていた。手芸好きの祐奈はその美しさに狂喜していた。
一方、男子二人は、鬼たちと塩田を作ろうと計画し、行動を起こしていた。
司が昔、観光用地を兼ねた塩田に遊びに行った時に見た、そこに置いてあったリーフレットに載っていた塩田の仕組みを思い出し、その記憶を頼りに作り始めていた。
夜は毎日鬼たちも一緒に、海岸で焚火を起こして焼き魚をしたり鍋をしたりして食事をした。
食材には事欠かなかった。赤鬼のガナヤは動きの速い魚を捕るのが上手く、黄鬼のテナイは息が長く続くようで、海の底まで潜って、海老やアワビをとってきた。青鬼のレンラは森へ行って山芋や野草を獲ったり、鳥や小動物を捕まえては、下処理までして、麻理恵や祐奈に渡してくれた。
そんなある晩、静かだな、と司が言って、板切れに糸を一本這ったものを演奏しだした。
「え-っすごいじゃん、新藤君」麻理恵が感嘆の声を上げた。
司でいいよ、と司が答え、「じゃあ、あたしも麻理恵で、拓斗と祐奈ももう下の名前でいいよね」と麻理恵が言い、みんながうなずいた。
一弦だけの弦が奏でる音楽は変化が少なかったけれど、久しぶりに聞く音楽だった。鬼たちもうっとりと聞きほれた。おそらく司の才能もあるのだろう、即興で、楽器から作り、それを弾きこなすとは。
司は「俺、本当は音大行きたいんだよね」と言った。 司はいつの間にか、一人称が俺になっていた。
「行けばいいじゃん」麻理恵はバッサリ、即答したが、司は笑って、「うちの親、ピアノは習わせてくれたけど、あんまりそっち協力的じゃなくって。お前の成績なら医学部だろうって。音大に行くにはコンクールの受賞歴とか必要なんだけど、参加さえ、したことがないんだ。音大行って何するんだ、そんなことやって何になるんだって」
しばらく誰も何も言わなかった。理文館は進学校で進路の悩みはつきものだったが、自分たちの今の状況を考えると、なんだかあまりに遠い世界の話のような気もしてきた。
司がポツリと続けた。「医者になるのが嫌ってわけじゃないんだけど。それも立派な仕事だと思ってる。俺の妹、体弱くてね。医者になれたらあいつを診てやれるし」
「妹、いたんだ」麻理恵が言うと、司はうん、とうなずいた。そして遠くを見る目をした。麻理恵たち四人は思った。みんなは、家族は、どうしているだろう、と。
しばらくして、「『一弦の琴』って小説、ありましたよね」と祐奈が言った。物知りだねえと麻理恵が言うと、うちの父が書棚に持ってましたから、という。やはり今日は何を話しても、元居た世界の事がしのばれ、しんみりと、四人は黙り込んでしまった。
司は、ひとしきり演奏した後、弦を増やそうかな、と言った。司にとって音楽のことは、とても馴染んだことで、内側から出てくることで、体が自然に動くことなのだと麻理恵は思った。
翌日には司はちゃんと弦を増やしギターのようなものを作りあげ、調律もできたようで、夜の食事の時に、「誰か歌って。伴奏するから」と言った。遠慮しあいながらも最初に麻理恵と祐奈が歌い、司が弾き語りをし、俺、音痴だから、と言いながら拓斗も歌い、鬼たちも自分たちの歌を歌った。鬼たちの歌は今まで聞いたことのないメロディーの流れで、あわせるのが難しかったようで、途中で司は伴奏するのを諦めたが、不思議な、でも、いい歌だった。こんなに楽しいのは久しぶりだった。音楽は素晴らしいと真実思う。音楽は、鬼たちと私たちをさらに親しくさせてくれた。音楽には人と人を結ぶ力があるのだ。
そして歌を歌って、いい気分になった赤鬼のガナヤはもっと素晴らしいことを言い出した。
「歌うと、なんでかわからんけど風呂にはいりたくなるなあ」