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雪ノ物語  作者: 空蒼久悠
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#06 過去

あの日。君を失ったあのときから。

再び相方を作ることなど、ありえないと思っていた。

けれど、気味の仇を取るまでは、あの人に復讐するまでは、力が必要なんだ。

だから、どうか今は君意外を傍に置くことを、許して欲しい。

全ては君の為だから。

せめて、君の敵をとり、俺が君の傍に戻るまでは……――


「銀華」

「ん?」

「少し話したいことがあるんだ。長い話になると思う」


どこかに腰掛けて聞いてくれ。と銀狼が頼むように言葉を紡げば、銀路がその言葉に従う。自分の近くにあったテーブルとセットとなる椅子に腰を下ろした。

そんな、銀路の姿を確認し、銀狼は静かに言葉を紡ぎはじめる。それは、彼にとっての唯一の存在であった人物との、別れの物語。



*********



――……五年前……――


「銀狼っいつまで寝てるの! いい加減起きなさい!」


そんな、どこぞの母親のような怒鳴り声で目が覚める。ゆっくりと瞼をあげれば、視界に映ったのは、眩しいくらいに輝く朝日……ではなく、視界いっぱいのパートナーの顔。呆れと怒りがいりまじった様な顔をした人物は、自分が目を覚ましたことを確認して離れていく。


「今日は担当さんと次の小説について話すって言ってたでしょ。早く準備しないと遅れちゃうよ?」


カーテンを開けながら彼が言葉を発する。その言葉に「あぁ」とその窓から差し込んだ光のまぶしさに目を細めながら答えた。

まだ上手く働かない頭を必死に働かせ、身体を動かすように命令を送る。足りていない酸素を欠伸で補いベッドから身を起こし立ち上がる。


「朝食、できてるよ。着替えたら降りてきてね」


そう言い残し、彼は部屋を後にした。


「次の、小説か……」


彼の、自分のパートナーである銀星の居なくなった部屋でポツリと呟く。

次の話の構想はほとんどできている。自分と彼が今まで生きてきたこの世界を題材にした。彼と彼女の恋を描いた物語だ。クローゼットから仕事用のスーツを取り出し、寝間着にしていた服を脱ぎ取り出したカッターシャツに袖を通す。次に黒のズボンに足を通した。ネクタイと上着は身に着けず、腕にかけ、仕事道具の入った鞄を手に、自室を後にした。



「で、次はどんな話なの?」


銀星の作った朝食を食べ終え食器を流し台へと運ぶ途中。ふと銀星が問いかける。

どんな話……か。お前を題材にした話だと言ったら即刻却下するだろうな。いや、それ以前に自分の考えている話を語るのが単に恥ずかしい。


「今は秘密だ。出来上がったとき、一番最初に見て欲しい」


彼の為の物語だ。

彼と彼女に対する自分の思いを詰め込んだ物語だ。

食器を流し台に置き、食卓に戻って椅子にかけてあったネクタイと上着を身につけ、鞄を手にする。


「じゃ、いってくる。昼ごろには戻るよ」

「うん。いってらっしゃい」


笑顔で自分を見送る彼に、同じ様に笑顔を返し、銀狼は家を後にした。


いつも通りの日々。

変わらない日常。

これからもずっと、変わらないと信じていた。

信じていたかった。

あんなことになるなんて、思ってもいなかった……――


仕事を終え、家に帰った時。

そこに銀星の姿はなかった。かわりに、自分の視界に映ったのは、机や椅子、置物、カーテンが、ボロボロに傷つけられ、床に転がった荒れ果てた部屋の姿と、血のような赤黒い字で、白い壁に書かれた、「丘で待つ」の文字。

パニックになる頭を落ち着かせでなんとか現状を把握し、すぐさま、帰ったばかりの家を後にした。


「――……っ!銀星ッッ」


辿り着いた丘に居たのは、虚ろな目をして自分に刃を向ける彼の姿と、酷く楽しそうに笑っている。赤に緑のメッシュをいれた髪を持つ青年。


「貴様、銀星に何をした!」


鋭い視線で彼を睨み、怒りをあらわにして叫ぶ。しかし、青年は銀狼のそんな言葉には一切答えず、頑張ってね。と一言だけ言い残し、景色に溶け込むように姿をけしてしまった。

雪の降りしきる丘の上に、自分と彼の刃が打ち合う金属音が響く。何度『銀星』と彼の名を呼んでも、彼の瞳に光は宿らず、自分に降り注ぐ刃の雨は止まることを知らない。


どうして、どうしてだ。

どうしてこうなった。

いつもと同じ様な日々だったはずだ。

何も変わったことなんて、なかったはずだ。

なのに、どうしていきなり、こうもあっさりと日常が崩れるっっ!



「――……っっ」


まっすぐに自分へと向けられた刃を掴んで止める。

刃に触れ、斬れた肌から、赤い雫がぽたぽたと白い地面染みを作っていく。


「目を、覚ませ。銀星っっっっ」


ありったけの思いを、願いを込めた叫ぶ。

ピクリと銀星の肩が僅かに跳ねた。


「銀。ろう……」

「――っっ!銀星っっ」


今にも消えてしまいそうな、蚊の鳴く様な声で呼ばれた自分の名。

彼に似合わない弱々しい声色で次に紡がれた言葉に、銀狼は言葉を失った。









「僕を、殺してくれ」





その言葉は、彼の持つ刀の刃よりも深く、強く、銀狼の胸に突き刺さった。

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