#06 過去
あの日。君を失ったあのときから。
再び相方を作ることなど、ありえないと思っていた。
けれど、気味の仇を取るまでは、あの人に復讐するまでは、力が必要なんだ。
だから、どうか今は君意外を傍に置くことを、許して欲しい。
全ては君の為だから。
せめて、君の敵をとり、俺が君の傍に戻るまでは……――
「銀華」
「ん?」
「少し話したいことがあるんだ。長い話になると思う」
どこかに腰掛けて聞いてくれ。と銀狼が頼むように言葉を紡げば、銀路がその言葉に従う。自分の近くにあったテーブルとセットとなる椅子に腰を下ろした。
そんな、銀路の姿を確認し、銀狼は静かに言葉を紡ぎはじめる。それは、彼にとっての唯一の存在であった人物との、別れの物語。
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――……五年前……――
「銀狼っいつまで寝てるの! いい加減起きなさい!」
そんな、どこぞの母親のような怒鳴り声で目が覚める。ゆっくりと瞼をあげれば、視界に映ったのは、眩しいくらいに輝く朝日……ではなく、視界いっぱいのパートナーの顔。呆れと怒りがいりまじった様な顔をした人物は、自分が目を覚ましたことを確認して離れていく。
「今日は担当さんと次の小説について話すって言ってたでしょ。早く準備しないと遅れちゃうよ?」
カーテンを開けながら彼が言葉を発する。その言葉に「あぁ」とその窓から差し込んだ光のまぶしさに目を細めながら答えた。
まだ上手く働かない頭を必死に働かせ、身体を動かすように命令を送る。足りていない酸素を欠伸で補いベッドから身を起こし立ち上がる。
「朝食、できてるよ。着替えたら降りてきてね」
そう言い残し、彼は部屋を後にした。
「次の、小説か……」
彼の、自分のパートナーである銀星の居なくなった部屋でポツリと呟く。
次の話の構想はほとんどできている。自分と彼が今まで生きてきたこの世界を題材にした。彼と彼女の恋を描いた物語だ。クローゼットから仕事用のスーツを取り出し、寝間着にしていた服を脱ぎ取り出したカッターシャツに袖を通す。次に黒のズボンに足を通した。ネクタイと上着は身に着けず、腕にかけ、仕事道具の入った鞄を手に、自室を後にした。
「で、次はどんな話なの?」
銀星の作った朝食を食べ終え食器を流し台へと運ぶ途中。ふと銀星が問いかける。
どんな話……か。お前を題材にした話だと言ったら即刻却下するだろうな。いや、それ以前に自分の考えている話を語るのが単に恥ずかしい。
「今は秘密だ。出来上がったとき、一番最初に見て欲しい」
彼の為の物語だ。
彼と彼女に対する自分の思いを詰め込んだ物語だ。
食器を流し台に置き、食卓に戻って椅子にかけてあったネクタイと上着を身につけ、鞄を手にする。
「じゃ、いってくる。昼ごろには戻るよ」
「うん。いってらっしゃい」
笑顔で自分を見送る彼に、同じ様に笑顔を返し、銀狼は家を後にした。
いつも通りの日々。
変わらない日常。
これからもずっと、変わらないと信じていた。
信じていたかった。
あんなことになるなんて、思ってもいなかった……――
仕事を終え、家に帰った時。
そこに銀星の姿はなかった。かわりに、自分の視界に映ったのは、机や椅子、置物、カーテンが、ボロボロに傷つけられ、床に転がった荒れ果てた部屋の姿と、血のような赤黒い字で、白い壁に書かれた、「丘で待つ」の文字。
パニックになる頭を落ち着かせでなんとか現状を把握し、すぐさま、帰ったばかりの家を後にした。
「――……っ!銀星ッッ」
辿り着いた丘に居たのは、虚ろな目をして自分に刃を向ける彼の姿と、酷く楽しそうに笑っている。赤に緑のメッシュをいれた髪を持つ青年。
「貴様、銀星に何をした!」
鋭い視線で彼を睨み、怒りをあらわにして叫ぶ。しかし、青年は銀狼のそんな言葉には一切答えず、頑張ってね。と一言だけ言い残し、景色に溶け込むように姿をけしてしまった。
雪の降りしきる丘の上に、自分と彼の刃が打ち合う金属音が響く。何度『銀星』と彼の名を呼んでも、彼の瞳に光は宿らず、自分に降り注ぐ刃の雨は止まることを知らない。
どうして、どうしてだ。
どうしてこうなった。
いつもと同じ様な日々だったはずだ。
何も変わったことなんて、なかったはずだ。
なのに、どうしていきなり、こうもあっさりと日常が崩れるっっ!
「――……っっ」
まっすぐに自分へと向けられた刃を掴んで止める。
刃に触れ、斬れた肌から、赤い雫がぽたぽたと白い地面染みを作っていく。
「目を、覚ませ。銀星っっっっ」
ありったけの思いを、願いを込めた叫ぶ。
ピクリと銀星の肩が僅かに跳ねた。
「銀。ろう……」
「――っっ!銀星っっ」
今にも消えてしまいそうな、蚊の鳴く様な声で呼ばれた自分の名。
彼に似合わない弱々しい声色で次に紡がれた言葉に、銀狼は言葉を失った。
「僕を、殺してくれ」
その言葉は、彼の持つ刀の刃よりも深く、強く、銀狼の胸に突き刺さった。