#03 相棒
ふわり ふわり。
体が揺れる。
ゆっくりと瞳を開けば光が、見えた。
――銀星……
光の中に浮かぶ、彼の名を呼ぶ。
「銀狼」
酷く悲しそうに彼はただ笑う。
「僕が、君にしてあげる最初で最後のことだ」
な、にを言っている。
銀星、最後だなんて言うな。
手を伸ばし叫ぶ。
最期じゃない。俺の隣は、お前じゃなきゃ。
「違うよ、銀狼」
静かに首を振る。
悲しそうな瞳で俺を見つめて、彼は、ずっと組まれ閉じられていた掌をそっと開けた。
中から、光が生まれる。
「僕のたった一つの大切なモノを、誰でもない、君へ贈ろう……」
愛しそうにその光を見つめぽつり、そう呟けば光は空へと飛び立っていく。
それと同時に彼の体は、どんどんと光と同化していった。
いやだ、銀星。俺は、お前が……
お前がいなきゃ――
*********
「銀星……――――っ」
手を伸ばし叫ぶ。しかし、そこにもう自分の求めた彼の姿はなかった。荒くなった息のまま辺りを見渡せば、見覚えのある景色が広がっている。
――……ここは、俺の部屋。か?
息を整え、冷静になって考えてみる。
ここは、間違いなく自分の部屋だろう。だとしたら、どうして俺は家に戻ってきた? 一緒にいたあいつは何処だ?
自分が座っているこのベッドのある部屋にいるのは自分だけだ。だとしたら……
「まさか」
最悪の考えが頭をよぎる。あの人のことだ。俺を家に帰すかわりにあいつを……
ベッドから降り、急いで部屋を出ようとした。その時……
「銀狼―起きてる?」
目前で扉が開き、陽気な声が耳に届く。心配していた存在のあまりにも陽気な声に呆気にとられ、駆けていた足が止まった。
――……無事、だったか。良かった……
ほっと安堵の息を吐く。同時に、先ほどまで頭の中を支配していた最悪な考えが消え去っていった。
「あ、良かった。目、覚めたんだね。いきなり倒れるからびっくりしたよ。とりあえず、家に戻ってきて君を寝かせたあと君の目が覚めるまでに、さっき買ってきたもの冷蔵庫に入れておいたんだけどよかったかな?」
ドアを開けて寝ていた筈の人間が目前にいてびっくりしたのか、銀華は数回瞬きをしてから笑顔になって言葉を紡いだ。
「あ、あぁ助かった」
手間をかけて悪かったな、と言葉を返せ銀華は、気にしないで。と応えた。
――……まったく、何から何まで先刻とは立場が逆だ。なさけない。
そんなことを考えながら部屋の中に戻り、部屋にある椅子に腰を下ろした。扉を閉めた銀華が、そんな俺を見て机を挟んで向こう側にある椅子に腰を下ろす。
「で、何か言いたいことがあるんだろう? 何だ?」
それを確認してから問いかける。あの人に会う前、こいつは何か言おうとしていた。その言葉を知るために。
「あ……うん。俺、行くあてがないんだ。だから、その……よかったら、ここに住ませてもらえないかなーって、思ってて……」
「駄目だ」
恐る恐る紡がれた言葉をたった一言で跳ね除ける。
彼とは一切視線をあわせない。
「それは、さっき会ったあの人が関係してるの?」
「――……っ」
その言葉に、思わず視線をあわせてしまう。真剣な瞳。
一度視線をあわせてしまうとまっすぐと自分を見つめるその瞳から、視線を逸らすことはできなかった。
「詳しい事情なんて、俺にはわからないし無理に聞こうともしない。でも……銀狼。君も今パートナーがいないんだろう」
「黙れ」
冷めた目でひと睨みして低い声色で言葉を紡いでも、まっすぐ見つめてくる瞳は揺らぎはしない。そんな彼の姿がまた、あいつと重なった。
これ以上その瞳を見ていたくなくて乱暴に彼の手をとり、無理矢理立ち上がらせる。
そのまま扉の前まで彼を引きずるようにして歩き、乱暴に開け放った扉から彼の体を放り出した。
「銀狼ッ! 聞いてっっ」
放り出した所為でしりもちをついた彼がその体勢のまま叫ぶ。彼の言葉を無視して、遮るようにして扉を閉めた。
閉じた扉に背を向けてもたれかかる。扉に体重を預けて、ずるずるとしゃがみ込んだ。
「ねぇ、銀狼……このままでいいからお願い。俺の話を聞いて」
扉越しに声が聞こえてくる。
返事を返さずにいれば、彼はさらに言葉を続けた。
「俺はね、生まれてきた時から独りだった。人であるのに、パートナーになれるような人がいなかった。でも、君に初めてあった瞬間、自分のパートナーはこの人しかいない。この人のために独りで生まれてきたんだ。って、そう思える何かを感じたんだ」
『独り』
その言葉に肩が跳ねるのがわかる。
あいつがいなくなってから、俺は『独り』になった。
今までずっと、二人で支え分かち合ってきた、怒り、悲しみ、苦しみ、辛さを一人で耐えなければならなくなった。
そんな思いを、こいつは生まれてきた時から感じていたというのか?
パートナーは生まれたときから決まっている。けれど、稀にこうやってパートナーを持たずに生まれてくる者、パートナーを失ってしまう人がいる。そんな彼らは、そのまま一人で生きるか、同じようにパートナーのいない、かつ同じ一字を持ったものとパートナーの契約を交わすことによって新たなパートナーを、運命を、運命として受け入れるのだ。
「銀狼。君も人なら知っているだろう。俺たちは独りじゃ十分な力を発揮できない。独りの身体では力をコントロールできないうえ、身体にかかる負担が大きくなる」
だから、君も俺も倒れた。そうだろう?と、どこか優しい声色で自分を諭すように銀華は言葉を紡いだ。
確かに、その通りだ。だが、だからと言って……―――
「だからとは言わないけど……」
立ち上がる。身体を反転させ、ドアノブに手を掛ける。
「お前とパートナーになるつもりはない」
「君と、パートナーになりたい」
扉を開け、あわさった瞳。互いに互いの瞳を見つめながら、まったく正反対の言葉を口にした。
見詰め合ったまま、無言のときが続く。
銀華も、そして自分も意思を変えるつもりはない。
パートナーは、銀星だけで十分だ。だけど……自分には、銀星と、そして自分と似ているこいつを、見捨てることはできない。できるはずがない。
それに、こいつはきっとあの人に目を付けられた。離れていても、傍にいても、あの人に狙われるのに変わりはないだろう。
先刻は何も考えずに彼の言葉を否定したが、冷静になって考えてみれば自分がどうするべきなのか自ずと本来出すべき答えが見えてくる。
「だが、行くあてがないのなら此処に……居てもいい」
沈黙を破り言葉を紡ぐ。離れていても傍に居てもこいつが狙われるのなら、傍に居て、守るだけだ。今度は亡くしてしまわない様に
「部屋は隣の部屋を使え。大抵のものはもともとそろっているが足りないものがあれば言いにこい」
唖然としている銀華に向かって言葉を紡ぎ、部屋の入り口にいる彼を避けて部屋の外へ出る。
「何ぼーっとしている。朝食兼昼食をつくるから付いて来い」
立ち止まり、振り返らずに言葉を紡いでから、再び歩みを進める。
「―――ッッ! 有難う銀狼っ」
銀華のそんな嬉しそうな声が聞こえてきたかと思うと、背中に衝撃が走る。どうやら、彼に飛びつかれたらしい。
顔だけ振り返ってみれば、すぐそこに彼の笑顔があった。
「―――……っ重い。離れろ」
「えへへー銀狼すきっ」
「五月蝿い」
そんなやり取りを幾度か繰り返しながら、俺たちの新生活が始まった。