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Twilight in Upper West 前篇

俺たちの住んでる世界は、今、君たちがいる世界に似ているように見えるが、これが全く違う。しかし、本当は同じであるべきだった。



俺は、今日もいつも通り起き、朝ごはんを食べたらさっそく机に向かう。朝の登校の時間だ。



俺たちの世界では、もうこれ以上進歩できないと言うほど文明が進んでいる。


毎日の食事は、全て人工物で、他の動植物は一切入っていないが、人間に必要な栄養は全ては言っている。

家の中では、電気も水も人工的に作られ、全てが安定した供給ができる状況にある。

そしてとうとう、科学の力で、貧富の差をこの世からなくすことができた。



ただここまでは、君たちの文明の延長線上だと言えるだろう。しかし俺たちの世界では君たちの世界と決定的に違うものがある。


それぞれの頭に、自分が親から譲り受けていないものが一つ入っているのだ。それは生まれてすぐ入れられ、すぐにその頭に慣れるようにできている。そして、全ての神経を支配できるようになる。


一応、人にも意思というものは残っているが、意思決定に迷いが生じたときは、これに頼る。そしてこれが自動的に状況にあった行動を決めているのだ。つまり、全人類が完璧な行動を取るようになった。


政府が決定したことだが、人は皆、生まれてきたすぐにこれを頭に入れられる。


そのため、ほとんどの人が自分の頭にそんなものが埋められているとも知らず、いかにも自分の意思のように、機械の考えていることに従って動いているのだ。



これは、一部の科学者のみの間で、「ポイズン」と呼ばれている。ポイズンを最初に作りだした人物が後に、「自分の作ったこれは人類を腐らせた毒だ。」と自筆記に書いたことからそう呼ばれている。


そして、世界の中心にあると言われている、全てのポイズンを支配するメインコンピュータ。このコンピュータは、「人類の発展と繁栄のために」という目的のためだけにそのコンピュータを使うようプログラムされた。


最初にこのプログラムを作った頃には、既に全世界の人の頭にポイズンが入っており、プログラムを作った時点で、全ての人間は、このコンピュータに従うことになり、プログラムを消去することは不可能になってしまった。


人間が、世界が、このコンピュータの元で動いている。「このコンピュータは世界の意思である。」そういう意味を込めて、このメインコンピュータは、「World's intention」略してW・Iと呼ばれている。





学校と言ってもほとんど、ポイズンに知識を覚えさせ、技術だけではどうにもならない、学習能力を手に入れるための場所に過ぎない。


そのため誰もが、自分で覚えようとしなくても勝手に覚えられ、さぼっている者も真面目にやっている者も、その実は同じということだ。


ただ、俺だけは違う。ポイズンには理解できるのだろうが、俺の頭では全く理解できない。俺の頭では、ポイズンがはたらいていないからだ。



俺に埋め込まれたポイズンは、稀に見る不良品で、ちょうど1年前故障した。故障などめったにおこらないことだし、誰も、全人類の頭にはポイズンが入っていることを知らないから、故障のことは誰にもバレなかった。


一年前のある日、今までのようにすんなりと意思決定ができなくなったことに気付いた俺は、自分の頭の中を調べることにした。もちろんこれも自宅で簡単にできる。


そして見つけたんだ、ポイズンを。


ポイズンや、W・Iのことは、この故障したポイズンを取りだし、修理してから調べたことだ。ポイズンを使って、これを支配しているW・Iのプログラムを見てみると、世界がこうなった経緯が詳しく記録してあった。


全て、このポイズンを作った張本人の記録だった。「罪悪感に駆られての行動だった」と、その中に記録してあった。また、「この真実を知ってくれるものが一人でもいることを願う。」そう書いてもあった。ポイズンは、何か人間に災いでももたらすのだろうか・・・。




チンプンカンプンな授業を終えるころには、すでに陽も落ちてきている。夕方なら、外に出ても大丈夫だということを最近知った俺は、誰もいないであろう外に飛び出した。



「外に出ても大丈夫」というのは、君たちにはない、俺たちの世界だけの欠点・・・致命的な違いだ。


俺たちの世界では、進みすぎた文明のせいで、星の環境は最悪の状況だ。W・Iの方針が、「人類の発展と繁栄」のみだったため、誰も意識しないうちに環境はどんどん破壊されていった。温暖化が進み、森林はなくなり、海は干からびた。


外に出てみようものなら、暑さで干からびる。昔からそう言われてきた。だから、誰も外に出ようとなどしなかった。学校、仕事、人との交流の全てを家の中で行う。それがポイズンの、W・Iの判断だった。




生まれてから一度も外の世界に出たことがなかった俺は、小高い丘に登り、自分の街を初めて外から見た。


君たちの世界と同じ、家が立ち並ぶ集落だ。ただ、全てを機械が支配しているということを除けば。


一見レンガにみえる床だが、実は街の異常を察知するためのセンサー付きなのだ。なるべく温かい雰囲気を持たせるのアイデアだが、今はもう何の意味もない。




その丘には、俺たちの星には珍しく、一面に草原が広がっていた。

丘の坂にゴロリと寝ころんだ。家の、全て人工物のじゅうたんとはまた違う、フサフサで、ちょっとくすぐったい草は、ふわっと俺を受け止めてくれた。


風の音。セミの声。サワサワと揺れる草の音。何もかもが温かく、何か懐かしかった。目をつむると、昔の人の気持ちになったような気がする。ここに寝転がって、眩しい空を見上げて、何を思っただろう。友達と、家族と一緒に寝ころんだんだろうか・・・。


そうやって空想していると、独りで寝転がってる自分が寂しくなってくる。寂しくなって目を開けて周りを見渡しても、当然誰もいるはずがない。深くため息を吐いて、もう一度寝ころぼうとした。


「ウワァ!」


ビックリして、急に顔をあげた。寝ころんだら夕焼け空が見えると思ったのに、人の顔が見えるんだから。


「あらら・・・。驚かしちゃった?」


俺と同じくらいの年だろうか。俺はポカーンとして、ほっぺたを引っ張った。痛い。


「コラ!夢じゃないんだから!」


そう言われても信じがたいから、今度はほっぺたをつねった。めっちゃ痛い。


「そんなに信じられないなら私が思いっきりビンタしてあげようか・・・?」

「い、いや、結構だ。」


自分で言うのも何だが、夢だと思うのも仕方がないだろう。


「外に出てるってことは・・・君もポイズンが故障したのか?」

「うん。まあそんなとこね。」


彼女は、俺がいることなど大したことでもないというような感じで、テクテクと俺の横にやってきて、ゴロンと寝ころんだ。


「ん・・・ポイズンが故障しているのって、そんなに珍しくないのか?」

「いやー珍しいよー。私の知ってる内であなたが初めてね。・・・なんでそんなこと?」

「ん・・・なんでだろ。」



彼女を見ているうちに、難しいことなどどうでもよくなってきた俺は、またゴロンと寝ころんだ。



寝ころぶと、きれいな夕日が目に映る。ちょっと眩しいような、少し切ないような。昔の人たちも、この夕日が大好きだったんだろうなぁ。そんなたくさんの人に愛されたであろう夕日を、今見てるのは俺たち二人だけ。特等席に座った気分だ。


降ってくる光が、草を照らし、輝き、大地を明るくする。光の中に身が入ると、不思議な温もりを感じる。命の温かさを感じた。俺たちの世界ではなかなか味わえないものだ。隣で寝ころんでいる彼女からも感じる。俺と同じ、「命」が。


「私、ポイズンが故障してから、なんか周りがつまんなく思えてきたからね、ちょっと外も見たくなったの。誰もいないと思ってたけど、草の中で寝ころんでるあなたを見つけた。仲間がいてよかった。」

「そうか・・・。」


「友達もいるんだけど、ポイズンの選んだ言葉を言ってくるからなんだかそっけなくて。自由に気楽に喋れる人がいたらいいなぁ、って思ってたの。」

「そ・・・う・・・・・・・・zzzZZZ」


「ちょっと聞いてる?」

「あ、ああ、すまんな。ちょっと寝かけた。」


「まあ、ひどい人。」

「まあ、そうだな。」


何だろう、なんだか楽しいな。今までに無かった感じだ。


「まあいいや。私も寝ちゃおうっと。」

「じゃあ俺も・・・。」


やわらかい草の中で眠ると、どこかへ行けそうな気がする。草が風に揺れるのに合わせて、どこかへ飛んで行けそうな気がする。涼しい風が左の耳に入ってきて、何か話したがっているように聞こえる。





「おーきーて!」


と思ったら違った。風じゃなかった。あの子だった。


「もう夜になるよ。帰らなきゃ。」


夕日はもう向こうの山に半分隠して、周りの暗いのにのみ込まれながら、ゆっくりと沈んでいた。俺はズボンの草をはらって、山の中に入り込むまでその陽を見ていた。


街の方を振り返ると、もう夜の闇に包まれている。闇に向かって彼女はタッタと走り出した。


「おい、待てよ!」

「・・・何?」

「そういえば、まだ名前聞いてなかったよな。」

「そうだったね。私はルカだよ。あなたは?」

「俺は・・・シンだ。」

「フーン・・・シン、じゃあね。」

「ウン。」


それを聞くと、ルカはまた街の方へ走り去った。後ろ姿がいつまでも俺の目に残った。

ちょっとヒマつぶしに。

最近暑すぎるだろうという気持ちを込めて。


ちなみにタイトルの意味を直訳すると、「西の上部の薄明かり」となります。まあ、夕焼けですかね。

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[一言] 毎日の食事は、全て人工物で、他の動植物は一切入っていないが、人間に必要な栄養は全ては言っている。 →入っている じゃないかーい?と私は思いましたお?
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