拘束椅子
俺が目を覚ますと、パイプ椅子に縛り付けられていた。
両足と腰が幅広いゴムとヒモで、さらに上に重しもあるようだが、その重しは息をしていた。
突然、パッとライトがつけられて、一瞬目がくらんだ。
「お前たちは、すでに捕まえた。お前たちが彼らをここに連れて来てくれるだろう」
声が、変声機を通した感じで、部屋の中にくぐもって消えた。
誰のことを言っているのかさっぱり分からないが、それからライトは徐々に暗くなり、月ぐらいの明かりになった。
着ていたものは、シャツ1枚だけで、それは座っている人も同じだった。
それから少し経って目も慣れて、誰が俺の上に座って、同じように縛られているのかが分かった。
「もしかして、東朧か」
体をわずかに震わせて、俺を見た。
間違いなかった。
「せん…ぱい…?」
震えている体で、泣きそうになりながら俺の方へ顔を向けた。
「東朧なんだな」
同じ高校で同じ部活をしている1年下の後輩だ。
「先輩、なんでこんなところに…」
「そりゃこっちのセリフだよ。なんかさっきは、妙な声が彼らをここに連れて来てくれるとか言ってたんだが、なんのことかさっぱりだ」
両手は縛られてはいない。
だが、ヒモやゴムは俺たちをしっかりと縛り上げている上に、肩を押さえられていて、縛り目があるであろう後ろへ手が回らないようにしていた。
「俺たちは、当分の間はここに座らされっぱなしだろうな」
相も変わらず震えている東朧を、俺はやさしく後ろから抱いた。
「大丈夫さ、俺も一緒なんだから。何でも一緒さ」
やっと、東朧の震えはおさまった。
「…先輩」
「ん?」
抱きながら、俺は東朧に聞いた。
「どうしたんだ」
「…お腹すいた」
そう言われても、何も持っていない。
「そうだなあ…」
「何かあるんですか?」
「…ないなあ」
「ないんですか」
「仕方ないだろ。服にはポケットは付いてないし、食べ物なんて持っているわけないじゃないか」
「…ですよね」
ため息をついて、俺はもう1つ気付いた。
ズボンをはいていない。
代わりに、オムツ的なものをはかされているようだ。
トイレはここでしろということのようだ。
「…先輩」
「今度はどうした」
「…眠いんです」
「寝たらいいだろう。ここではすることも無いし」
俺はそう言って、目をつむった。
薄暗いライトも目の前から消え、代わりに、何もない世界が現れた。
音も風もない、完全な静寂。
その中で、俺は東朧を抱きながら、眠りについた。
次ぎ目が開く時には、俺たちの膝の上にキャスター付きの机が置かれていた。
その上には、食パン3枚、紙コップに入った水2杯と手紙が置いてあった。
俺は東朧が起きるまでは、それらをそのままにした。
それからしばらくして、東朧が起きてきた。
「先輩、おはようございます」
こちらに顔を向け、まだはっきりとした口調ではないが、それでも俺との意思の疎通ができる程度の声で言った。
「おはよう、とりあえず、ご飯がきているぞ」
「それは分かってるんですけど、これ、毒とか入ってないですよね」
「手紙に何か書いてあるかもな」
俺は東朧に言って、手紙を取らせた。
俺もとれる距離にあったが、東朧の方がより近かった。
「えっと、「お前たちを捕まえたのは、我々が必要としたからだ。我々の目的が達せられるまで、お前たちを殺すことはない。だが、そこから動かすわけにはいかない。よって、拘束を解く事はないが、食事は与えよう。毒は入れてない」だって」
「本当かよ」
俺はその手紙が信じられなかった。
だが、腹は減っているのは事実だし、いつでも殺すことができるだろうに、今でも俺たちはこうして生きている。
ほかに頼るものも無いし、俺が見える範囲では、ここから出るための出入り口一つない。
今は、この手紙を信じるしかないようだ。
「食べよう、他に俺たちに道は残されてなさそうだ」
「お腹もすきましたしね」
食パンはどこでも売っていそうな普通のパンだし、これといって不自然なところはない。
マーガリンの類があれば、もっと言うこと無しだが、ここではそんなことを言っている場合でもなさそうだ。
「いただきます」
手を合わせ、そう言ってから、俺たちはパンを食べ始めた。
すぐに食べ終わり、水も飲みきると、再び暇になった。
「…お父さんとお母さん、心配してるだろうなぁ」
東朧が、ぼんやりと言った。
「そりゃそうだろうな」
俺も、暇にあかせて東朧に答える。
「何か話しますか?」
「何を話したい」
俺は逆に聞いてみた。
「えっと、部活の話とか、友達の話とか、休みの時にする話とか」
「ああ、部活な。そりゃいい」
「そう言えば先輩は、どうして文芸部なんかに入ったんですか。いろいろ書いているみたいですけど」
「はっきり言えば、暇できると思ったから。なんだよなー」
俺は笑いながら答えた。
「まあ、いろいろ書いていると言っても、全部つながっている連載だから、アイディアの大元はひとつということなんだよ」
「そうなんですか。ずっと短編だと思ってました」
「よく言われるよ。でも、よく見たら共通しているものもあるんだ。例えば、登場人物の名前や、設定とかな」
「帰ったら読んでみますね」
「そうしたらいいさ」
俺はそう言ったが、自分でも、どこまで共通の設定で書いていたか忘れていた。
それほど、身を入れて書いていないということなのだろう。
「そういえば、東朧はなんで文芸部に入ったんだ」
「私ですか」
「俺が答えたんだから、ちょっとぐらい聞かせてくれよ」
「笑わないでくださいよ」
そう言って、東朧の体が火照っている。
「先輩がいたからなんです……」
「俺がいたからだって?どういうことだ」
「それぞれの部の見学会ってあったじゃないですか、4月の第2週目の月曜日から金曜日、新1年生が好きな部へ見学をしに行くというアレです。あの時、先輩を見て、ここにしようって、そう決めたんです」
「…そうだったんだな」
「あの、それで、先輩。聞きたいことがあるんです」
詰まりながらも、東朧は俺に聞いた。
「彼女って、いますか」
「彼女な…いたら、今以上に楽しい学校生活が、送れるんだろうけどな」
「じゃあ、私を先輩の彼女にしてもらっても、いいですか」
下を見ながら、モジモジして東朧は言った。
「その答え、とりあえず保留って言うことでいいかな」
「え…」
「いや、嫌いっていうわけじゃないんだ。俺だって、東朧のことは可愛いと思っている。でも、この状況で好きだっていっても、今の状況が、気恥ずかしいっていうかなんというか」
「なんだ、先輩も私のこと好きなんですね」
ほっとした感じで、東朧はため息を吐いた。
「まあ、生きてここから出れるかは別として、俺たちが付き合うというのは、いいかもな」
俺はそう言って、より一層ぎゅっと東朧を抱いた。
その時、後ろから風が吹き込んできた。
「大丈夫か、二人とも」
その声は、担任の声だった。
「周囲を確認した後、二人の救護に移るわ。それまでは、あなたがよろしく」
「分かってるよ」
知らない女性の声も、聞こえてくる。
「お待たせ二人とも。よくこれまで耐えたね」
そう言って、大きなハサミで、紐やゴムを一気に切っていった。
「先生、どうしてここに」
「ああ、妻がね。自分の知り合いの特殊部隊のやつから頼まれて、二人で言ってくれって」
「奥さんとって、危ないんじゃないですか」
東朧が先に椅子から降りて、俺が後から降りた。
降りてから、先生に聞いた。
「妻は昔から、ものすごい技の持ち主だから、こういうふうな時にはよく頼まれるんだ」
先生は笑って言いながら、俺たちを連れて廊下へと出た。
「…待ってたぞ、金内…いや、交野愛」
「あら、あなた。お久しぶりね」
ニコッと笑った奥さんは、その笑顔とは裏腹に、強烈な悪意や憎しみを持っているような感じがした。
「宇宙革命なんちゃらでしたっけ。今も活動してるとはね」
笑いながら、愛さんは声がした方向へ何の躊躇もなく歩いて行く。
「あなた、先に行ってて。私もちゃんと後で行くわ」
「そんな死亡フラグの代表格たてられたら、おいて行くわけにはいかないさ」
そう言って、先生は愛さんの横に立った。
「俺たちは…」
「君たちは、そこで見ていてくれ。戦いに巻き込むわけにはいかない」
先生が、俺たちに言うと、懐から銃を取り出した。
「あら、あなたもやるの?」
「足手まといにならない程度に頑張るさ」
そういうと、愛さんは笑いながら、一瞬で姿を消した。
それから、ダンダンと音が廊下に響いた。
バッとライトが付くと、俺たちは目を腕で覆った。
「やはり、強いな」
愛さんの左手を握りながら、相手は黒いスーツを着て、わずかに息が荒くなっていた。
「あら、貴方も強くなっているわね。昔はこれで殴り飛ばせたのに」
そう言って、間合いを取る。
「君たちを、特に愛を呼ぶために、この子たちを誘拐したんだ。すまないね、確かに君たちを殺す気は全くない。だが、彼女たちは別だ」
愛さんを指さしながら言った。
「お前だけを攻撃する。他の者は手を出すな」
「それでいいのかしら。私も伊達に母親をしてるわけじゃないのよ」
「母親になってなまっていたら、許さんぞ」
ニコッと笑って愛さんが答える。
「その言葉、そっくりお返ししましょう」
タンと足音の短い音が聞こえると、愛さんが相手に再び殴りかかっていた。
パンパンパンと腕がぶつかる音が響く。
同時に、ドンとかダンと言った、低音も聞こえる。
俺たちには見えないが、素早過ぎて音しか聞こえてこない。
だが、5秒後には、相手がわずかに表情を変えた。
「これで終わりかしら」
そう言って、愛さんは正拳突きをした。
その拳は、俺たちの知覚スピードを超え、相手の腹にめり込んだ。
「ぐふっ」
「貴方はまだ弱い。私には勝てそうにないわね、でも、いつでも相手してあげるから、ね」
静かに倒れこんでいく相手に、愛さんは告げた。
「行きましょうか」
倒れこみ、動かないその人を放置して、愛さんは先生と一緒にこの建物から出た。
建物から出るとき、俺は何人か倒れているのを見つけたが、誰も気にしなかったから、俺も無視することにした。
周りは、武装した人達でいっぱいだった。
「金内さん、お疲れ様です」
「中佐さんこそ、お疲れ様。人質救出作戦は、無事に遂行しました。現在、敵が6名ほど建物の中でひっくり返っています」
「分かりました。おい、お前ら行くぞ。人質は一旦、観察入院を」
白衣を着た人たちが、俺たちを車に乗せて、病院へ運んでいった。
その車の中、俺は東朧と横並びに座っていた。
横になっているべきなのだろうが、医者に言って、座らせてもらった。
「…先輩」
「ん?」
「私を好きだって、本当ですよね」
「あんな状況で嘘つけるほど、俺は器用じゃないのさ」
それを言ってから、東朧を抱きしめた。
「あ…あう…」
「好きな奴ぐらいにしか、こうやって抱きつかねえさ」
紅くなっている東朧は、そのまま、俺に抱きつかれ続けていた。




