禁じられた儀式と、揺れる恋心
預言者の言葉に、琥珀様の表情が険しく強張る。
「……何を言いたい。紗良を安全な場所へ隠すことが、なぜ孤独に繋がるのだ。私は一生をかけて、この娘を愛し抜くと決めた」
「愛だけでは足りぬこともあるのですよ。……彼女は人間だ。あなたという神に守られ、外界から遮断された世界で、彼女の『心』がいつまで健やかでいられると思うのですか?」
預言者の言葉は、まるで鋭い刃のように、私の胸の奥をチクリと刺した。 確かに、私は琥珀様が大好きだ。 彼と一緒にいられるなら、何もいらないと思っていた。 けれど、一生誰とも会わず、ただ隠れて生きることが、本当に「幸せ」なのだろうか。
私は、琥珀様の手を握る力を、無意識に強めていた。 琥珀様は、私の不安を察したように、ぎゅっと握り返してくれる。
「……紗良。お前は、私と二人きりで生きるのが、嫌か?」
その問いかけは、ひどく震えていた。 龍神として何千年も生きてきた彼が、こんなにも不安そうに、私に問いかけている。 あなたは、どうしてそんなに臆病なほど、私を愛してくれているのですか⁉
「……嫌じゃ、ありません。琥珀様と一緒にいられるのは、私の人生で一番の幸せです。でも……」
「でも、なんだ?」
「……私、私ね……あなたのことを、誰にも隠したくないの。堂々と、あなたが私の旦那様だって、世界中に自慢したい。隠れて生きるんじゃなくて、胸を張って、あなたの隣で笑っていたいんです」
私の言葉に、琥珀様は絶句した。 銀色の髪が風に舞い、彼の金色の瞳が大きく見開かれる。 預言者は、我が意を得たりとばかりに深く頷いた。
「左様。逃げるだけでは、解決になりません。……琥珀。彼女を守りつつ、共に光の下を歩むための唯一の儀式があります。ただし、それはあなたにとって、死よりも辛い試練となるかもしれませんが」
「……言え。紗良の願いを叶えられるのなら、どんな試練でも受けて立つ」
琥珀様の声に、迷いはなかった。 彼は私のために、再びその命を懸けようとしている。
預言者は、懐から一枚の古びた羊皮紙を取り出した。 そこに記されていたのは、伝説の「神格共有」の儀式だった。
「龍神の心臓の半分を、人間に分け与える。それにより、紗良殿は半神となり、龍の力を自ら扱えるようになる。……しかし、それは琥珀、あなたの寿命を劇的に削り、神としての地位を剥奪されることを意味します」
「琥珀様……そんなの、ダメです! あなたの命を削るなんて、そんなこと私にはできません!」
私は堪らず、彼の衣を掴んで叫んだ。 私が力を得るために、彼が苦しむなんて。 そんなの、幸せでも何でもない。
けれど、琥珀様は私の両手を優しく包み込み、穏やかな微笑みを浮かべた。
「紗良……。私は、神という地位など、最初から欲してなどいない。お前が私の隣で、誰に怯えることもなく笑える。その未来を買えるのなら、心臓の半分など、安いものだ」
「でも……!」
「お前は、私を信じられないか? 半分になったとしても、私はお前を愛し守り抜く自信がある。……いや、お前が私の力を持ってくれるなら、私たちは二人で一人。より強く結ばれることができるのだぞ」
あなたは、どうしてそんなに、迷いなく私を選んでくれるのですか⁉ 私の頬を、温かい涙が伝う。 今度は、黄金にはならなかった。 ただ、愛しい人を想う、一人の少女の涙だった。
◇ ◇ ◇
その夜。里で最も高い場所にある、月見の塔。 青白い月光が降り注ぐ中、儀式の準備が整えられた。 預言者は古の呪文を唱え、琥珀様と私の周りに、複雑な魔方陣を描き出す。
「紗良。……少しだけ、痛むかもしれん。だが、私の手を離すなよ」
琥珀様は、私の唇に最後かもしれない甘い口づけを落とした。 彼の唇から、切ないほどの愛しさが伝わってくる。
「……はい。琥珀様。……大好きです」
私がそう答えた瞬間、魔方陣が眩い光を放ち、琥珀様の胸元から、脈打つ紅い光……「龍の心臓」が取り出された。 それは、見るも恐ろしいほどの膨大なエネルギーを秘めていた。
琥珀様は激痛に顔を歪めながらも、その心臓を二つに割り、一方を私の胸へと押し込んだ。
「――っあああああああ‼」
全身の血管を熱い溶岩が駆け巡るような、凄まじい衝撃。 視界が真っ白になり、意識が遠のきそうになる。 けれど、その度に琥珀様の「紗良!」という叫び声が、私をこの世に繋ぎ止めてくれた。
私の背中から、銀色の翼のようなオーラが噴き出し、瞳は琥珀様と同じ金色へと変わっていく。 心臓の鼓動が、彼と完全に同期する。 トクン、トクンと、二つの命が、一つのリズムを刻み始めた。
……そして、光が収まった時。 そこには、以前よりも少し大人びた雰囲気を持つ私と、角が消え、髪が短くなった琥珀様が座っていた。
「……成功、ですね。これであなた方は、文字通り『一心同体』となりました」
預言者の声を聞きながら、私は震える手で琥珀様の体に触れた。 彼は力なく私に寄りかかってきたが、その表情は、今までにないほど晴れやかだった。
「……紗良。見えるか。お前の体の中に、私の力が……。お前はもう、守られるだけの存在ではない。私と共に戦う、唯一の対等な伴侶だ」
「琥珀、様……」
私は彼を強く抱きしめ、肩に顔を埋めた。 彼の鼓動が、私の胸の中で響いている。 もう、離れることはない。 私たちは、運命を一つにしたのだから。
けれど、この儀式の完了を待っていたかのように、里の麓から、さらなる軍勢の足音が聞こえてきた。 天界だけではない。黄金の噂を聞きつけた、人間の王国の軍までもが、この山に牙を剥こうとしていた。




