第74話 課題のはずが卒業に!? レン、想定外のスキップ判定
それを確認したレンは、試作品の二号を袋に入れ、学園へと向かった。
これは、空間魔法の応用課題として提出するためのものだった。
本来は「空間魔法を応用した魔道具を制作する」という課題で、使い方や理論の口頭説明だけで済む形式だった。完成品を見せるだけでよかった。だから、レンもそのつもりでいた。
教授の研究室に入り、試作品を机の上にそっと置く。
「これが課題作品のテンペ発酵機です」
「ふむ……見せてみい」
教授は箱を手に取り、重さを確かめ、各部の構造を確認する。温度と湿度の調整魔法陣、魔力残量を示すインジケーター、細やかに施された気流調整の仕組み。その一つ一つに、目を細めて頷く。
やがて、ひととおりの確認を終えると、ぽつりと口を開いた。
「レン、これをレポートとして提出なさい」
「……え? 今回はレポートは必要なかったはずでは?」
「必要なかったのは、“普通の生徒”の場合じゃ。お主は違う」
レンは困惑していた。課題内容に変更があったという連絡は聞いていない。
「いいから書いてくるんじゃ。魔導具としての仕組み、動作確認、応用性、すべてまとめて提出しなさい」
「は、はい……?」
教授は難しい顔をしたまま、腕を組んでうなった。
「お主の魔導具は、課題の枠に収まりきっておらん。これはもはや実験ではなく、成果じゃ。卒業研究と言っても差し支えないほどのな」
「……それって」
「ふむ。提出された報告書を読んで、お主がこの専門課程を卒業するに値するか――わしが決めよう。そういうことじゃ」
レンは、しばらくその言葉の意味が飲み込めなかった。
卒業?
自分が?
今?
「お主がここで学ぶべきことは、もう残っておらん。わしが教えるより、先に進んだ方がええじゃろう」
レンは、渡された一言の指示に戸惑いつつも、自室に戻ると黙々と手を動かしていた。
試作品二号の詳細な仕様、発酵経過の観察記録、温湿度制御の安定ログ。試験協力者であるマルゴじいさんの証言も丁寧に書き起こし、魔道具の設計図と合わせて一冊の報告書にまとめていく。
最初は、ただ「空間魔法の応用課題」として作っただけだった。まさか卒業認定に関わるような正式なレポートを書くことになるとは、夢にも思っていなかった。
「なんで、こんなことに……」
小さくぼやきながらも、レンの手は止まらない。心の奥ではどこか嬉しさすら感じていた。自分の魔導具が、それだけの価値を見出されたことが、誇らしかったのだ。
机の上に広げられた報告書の表紙には、急きょ書き直されたタイトルが印字されている。
「魔導具による発酵環境の自動制御と、その実用性の検証」
手帳と照らし合わせながら最終確認を終えると、レンは深呼吸をひとつついた。
魔法陣の構成、制御ロジック、外装設計……どれも、時間と労力を注ぎ込んだものだ。クロエが出力してくれたログデータやグラフも、完璧に揃っている。
「よし……これでいい」
レンは報告書をまとめ、封筒に丁寧に収めた。
封を閉じる手に、少しだけ汗がにじんでいた。
教授の言葉は冗談ではなかったのか。これが、もし本当に“卒業”の評価材料になるのだとしたら――。
レンは少しだけ深く息を吸い込むと、翌日の提出に備えて手帳を閉じた。
*
提出日当日。
レンは報告書を抱え、学園の研究棟に向かった。
「失礼します」
ノックの音に「おう、入れ」と返った声は、いつも通りののんびりした調子だった。だが、レンにとってはこの扉を開けることすら少し緊張を伴った。
「ふむ、お主か。さて報告書を見せてくれ」
教授は椅子にどっかりと腰を下ろし、眼鏡をずらして手を差し出す。レンが封筒を渡すと、分厚い資料に目を通し始めた。
一枚一枚、ゆっくりと。だが目は真剣だった。
「……菌による発酵。空間制御魔法で温湿度を調整し、魔石による持続稼働。ふむ……」
ページをめくる音が続く。レンは言葉もなく、ただ立って待った。途中、教授が一度小さく「ほう」と呟いたのが唯一の反応だった。
やがて資料を読み終えると、教授は鼻を鳴らして椅子を揺らした。
「お主……ほんに学園の学生か?」
「……え?」
「いやなに、これはもう卒業論文じゃよ。いや、下手な研究院の提出書類より丁寧にできとる。実験も実地で成功しとるし、文句のつけようがない」
レンはホッと胸をなでおろした。
「つまり、合格……ということでしょうか?」
「あたりまえじゃ。これ以上、学園で学ぶことなど残っとらんじゃろう。わしが責任を持って“専門課程修了”と認める。おめでとう、レン坊」
教授は立ち上がり、笑顔で手を差し出した。レンは驚きながらも、しっかりと握り返した。
「ありがとうございます!」
その声には、安堵と達成感、そして次なる一歩への高揚が混ざっていた。
教授は手を放すと、ふむ……とまた椅子に腰を下ろした。
「さて、レン。お主は、将来どうしたいと思うておる?」
唐突な問いかけに、レンは一瞬言葉を失った。
「どう……したい、ですか?」
「ああ。こんな魔導具を作って、それを実証して、報告書にまとめる。ここまで自分でやった者が“ただ卒業します”ではもったいない。お主、研究職が向いておるよ」
教授の目は、いつになく真剣だった。
「学園を出た後、研究を続けたいと思うておるのなら……研究院という道もあるぞ。あそこなら、魔導具の設計も応用も、思う存分やれる。何より、志を同じくする連中が集まっておる」
レンは小さく息をのんだ。
研究院――それは、学園を出た者の中でも、さらに限られた人間だけが進める高度な機関だ。そこで過ごす日々は、自由と責任に満ちているという。夢のようでいて、簡単には手の届かない場所。
「……行きたい、です」
自分でも驚くほど自然に、言葉が出ていた。
「そうか。ならば、わしが推薦状を書こう。お主のような人材を放っておく手はないからのう」
教授は引き出しから羊皮紙を取り出し、筆を手に取った。
「お主が迷っておるなら、背中を押してやろうと思うておったが……その必要はなかったようじゃな」
「……迷ってました。けど、今は……違います」
レンの胸の中に、はっきりとした思いがあった。ここまで積み重ねてきた知識、試行錯誤の末に生まれた魔導具、現場の声に耳を傾けて得た経験。すべてが、自分の中に根を張っている。
これを終わりにするなんて、できるはずがない。
教授は筆を走らせながら、笑みを浮かべた。
「これで、推薦は済んだ。あとは……そうじゃな、少し休んでおくとええ。研究院に行けば、また頭をひねる日々が続くからのう」
レンは深く頭を下げた。
「本当に……ありがとうございました」
*
──数ヶ月後。
レンは研究院の門の前に立っていた。
「ここから、僕の研究者としての物語が始まるんだな」
空は高く澄みわたり、風がやさしく頬をなでる。
ポケットの中から、小さな魔導具の欠片を取り出すと、レンはふっと笑った。
「精霊……まだ正体はわからないけど、いつかきっと」
その言葉に応えるように、一陣の風が吹き抜けた。
朝の光が差し込み、石畳に長い影が伸びる。
レンは顔を上げ、研究院の門をくぐる。
まだ見ぬ研究の日々へ――一歩、また一歩と歩を進めていった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
学園から始まったレンの物語は、今回でひとまず一区切りとなります。
テンペ魔導具の成功、そしてまさかの専門課程修了。
彼の探求心はまだまだ尽きませんが、それはまた別の物語――ということで、今作はこれにて完結です。
未解決の“精霊の謎”も含めて、世界の広がりを感じていただけたなら嬉しいです。
ブックマーク&評価、お待ちしております!




