第73話テンペ魔導具、始動! レンの新たな一歩
幾度となく通い慣れた道。今日も放課後の鐘が鳴ると同時に、レンは学園を出てマルゴじいさんの店へと向かった。
「マルゴじいさん、テンペ制作用の魔導具、できました」
そう言って、レンは箱型の魔導具を取り出した。見た目は、マルゴじいさんがいつも使っているテンペ用の箱によく似ている。
「ほう……これが魔道具か? 確かに、わしが使ってるのとよう似とるな」
マルゴは興味深げに箱をのぞき込んだ。
「使い慣れた形の方が戸惑わないと思って、外見はなるべく近づけました。使い方も、いつも通り豆を仕込んで入れるだけです」
レンは魔導具の側面を指差しながら説明を続ける。
「中は常に最適な温度と湿度を保つように調整してあります。やることといえば、魔石の魔力が切れたら交換するくらいです。魔力が少なくなると、ここのランプが光って知らせます」
「それと、ここに現在の温度と湿度が表示されます。数値が異常に高かったり低かったりしたら、故障の可能性があるので、そのときは魔石を抜いて僕に知らせてください」
マルゴじいさんは、ふむふむと頷きながら熱心に説明を聞いていた。
「よし、それじゃあ早速試してみるとするか」
そう言って、漬け汁につけておいた豆を取り出し、平らにならして魔導具の中に敷き詰める。そしてスイッチを押すと、ほのかに魔導具が温かくなり、内部の調整が始まった。
「ふはは、こりゃ楽しみじゃのう」
「僕もです。計算上では完璧なんですが……やっぱり実地で試さないと分かりませんから」
ふたりはしばらく和やかに談笑し、やがてレンは「また明日見に来ます」と言い残し、寮へと戻っていった。
レンは寮に戻ると、机の引き出しから使い慣れた手帳を取り出した。テンペ制作用魔導具の設計図と、今日の作業手順を確認しながらペンを走らせていく。
「温度と湿度の調整は問題なかったはず……冬場の乾燥にも対応できるようにしてあるし、うまくいってほしいな」
魔力の消費量、センサーの反応速度、内部の気流設計――すべて綿密に計算したはずだが、発酵は生きた現象だ。理屈通りにいかないこともある。手帳に「一日目、稼働確認済」と記して、レンは軽く息を吐いた。
『初期稼働は安定していました。魔力残量、想定内です』
「ありがとう。とりあえず明日、もう一度様子を見に行こう。ちゃんと動き続けてるかが重要だからね」
確認を終えたレンは、道具袋の点検をし、布団に入った。成功への期待と、ほんの少しの不安を抱えながら――。
*
翌朝。
レンはいつもより早く目を覚まし、支度を済ませると真っ直ぐマルゴじいさんの店へと向かった。
扉の前に着くと、ちょうど中からマルゴが出てきた。
「おお、レン坊か。待っとったぞ」
「おはようございます。魔導具、ちゃんと動いてました?」
「ばっちりじゃ。夜のうちも、表示がぴくりとも動かん。温度も湿度も安定しとる」
マルゴは奥の作業台へ案内しながら、魔導具を指差した。表示パネルには昨日とほぼ同じ数値が並んでおり、警告ランプも点灯していない。
「内部の豆も、ちゃんと温かい。湿気もほどよい感じじゃ。わしが普段苦労してた調整が、何もせんでも勝手にうまくいっとる」
「よかった……。稼働状態が安定していれば、あとはこのまま数日待つだけですね」
「ふふん、出来上がりが楽しみじゃのう。うまくいけば、わしの人生で一番楽なテンペ作りになるかもしれん!」
レンは表示パネルの数値を念のためメモに取りながら、満足そうに頷いた。
「もう少ししたら、途中経過として菌のまわり具合を確認したいですね。異常がないかも含めて」
「うむ。そのときはまた呼ぶから、いつでも来てくれ」
晴れた朝の光が店の窓から差し込み、穏やかな空気が流れていた。




