第68話 発酵に適した魔道具を作れ!〜温度と湿度のマジックバック開発計画〜
専門課程の講義が終わった午後、レンはひとり実習室にこもっていた。
机の上には、紙に描かれた無数の線。現代で言えば回路図。魔道具の術式設計図だった。
「今回は、“温度”と“湿度”を一定に保つ保存用マジックバックか……」
クロエが静かに応える。
『新たに温度制御術式と湿度調整術式を組み込む設計ですね。既存の保存術式では、空間を凍結もしくは真空に近づける程度が一般的でした』
「じゃあ、今回は精密さが要求されるな」
魔道具における術式は、現代のプログラムコードとよく似ている。入力(魔力)から出力(効果)へと繋がる回路に、条件分岐や調整機能を組み込む。
だが、それを“術式文字”という特殊な文様で表現し、しかも空間的に正しく配置しなければならないのが、この世界のややこしさだった。
「この保存バッグの基本構造は……ここに魔力入力、それを空間安定化術式に流して、内部を固定する……。で、そのあとに温度制御術式と湿度制御術式を入れ込むとして……」
レンはペンを取り、回路の途中に空きスペースを作った。そこに温度と湿度のコントロール術式を分岐的に組み込む。
「温度制御には火魔法をベースにした微弱調整術式、湿度制御には水魔法の微粒子操作術式を応用する……」
『温度と湿度を維持するには、センサー的な術式も必要になります。魔石に一定間隔で魔力を循環させ、条件を検知し、調整術式にフィードバックを返す構造が有効です』
「なるほど、現代で言う制御ループみたいなやつか……PID制御には遠いけど、基本のフィードバックだけなら再現できるかも」
描いた設計図は、元の保存用術式よりもはるかに複雑になっていた。だが、レンの目は輝いていた。
「これで、保存条件が微妙に違う発酵食品でも、魔道具の設定を変えれば最適化できる」
この術式を見たら、教授はどう言うだろう──そう思いながら、レンはそのまま学院内の実習相談室へと足を運んだ。
◆ ◆ ◆
「……なるほど、君が考えた術式は、確かにこの分岐部分に工夫があるな」
アスター教授はレンの設計図をじっと見つめていた。
「ただ、術式をここまで細かく組むとなると、刻印の精度が求められる。通常の刻印板では対応しきれんぞ?」
「はい。それは自作するつもりです。あと、湿度や温度の調整に、定期的な魔力の再供給が必要になりますが、それも使用者が週に一度、魔石を交換する方式にします」
「ほう……君は“自動調整”に挑もうとしているのか」
教授の顔に、興味深そうな笑みが浮かぶ。
「よし。ぜひ完成を見てみたい。設計の段階でこれだけの構造が組めるなら、実装も期待できる。──ところで、このマジックバックを何に使うつもりなのかね?」
「テンペという発酵食品の保存・製造に使います。王都の市場で知り合った職人の方に、環境が不安定で失敗が多いと聞きました。だから、最適な空間を保つ道具を作りたいと」
「……実に良い着眼点だ。君のような学生がいることは、我々魔道具研究者にとっても刺激になる」
教授の承認を得たレンは、そのまま設計図を抱えて市場へ向かった。
◆ ◆ ◆
市場の一角、テンペを扱うマルゴじいさんの屋台。
「この前はありがとうございました。実は僕、魔法学園専門課程に通ってまして」
「ほう、お前さん、学園の生徒だったか!」
「はい。魔道具の課題で、発酵環境を制御する保存道具を開発しようと思っているんです。よければ、あなたのテンペを安定して作れる環境を再現させていただけませんか?」
マルゴじいさんは、しばらく目を細めてレンを見ていたが──やがて、にっと笑った。
「協力しようじゃねぇか。新しい魔道具技師の手伝いができるたぁ、嬉しいじゃないか」
こうして、レンの開発は本格的に動き始めた。
今回もお読みいただきありがとうございました!
レンが新たに挑戦するのは、まさかの発酵食品×魔道具開発──!
「保存する」だけじゃなく、「育てる」魔道具を作る発想、個人的にもすごくワクワクしながら書きました✨
市場での出会いや、マルゴじいさんの豆作りの知恵が、今後どう活きてくるのか……
引き続き、レンの挑戦を見守っていただけたら嬉しいです!
ブックマークや評価も本当にありがとうございます!
地味でもコツコツ、しっかり成長していくレンを、これからもよろしくお願いします!




