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第67話 市場調査 〜魔道具開発のヒントを探して〜

 レンは学園寮の自室で、机の上に広げたメモと魔導式のスケッチを前に腕を組んでいた。

 基礎課程を終え、応用魔道具の開発へと踏み出すこの休暇期間。まずは自身のスキルを試すため、ひとつ小型魔道具を作ることに決めていた。


「さて、作るなら……この世界に“まだないもの”がいい。既存の保存袋なんて、面白みに欠けるしな」


 既にこの世界には簡易的な《保存袋》が存在している。中に入れたものの時間経過を遅らせ、ある程度温度変化を抑える魔法加工がされているものだ。


 だが、それはあくまで「簡易的な延命処理」に過ぎない。内容物の特性に応じた細やかな制御など、ほとんど考慮されていない。


「クロエ。温度、湿度、気圧……それらを精密に管理しないと成立しないものって、どんなものがある?」


《候補は多数あります。例として──発酵食品、医療用試薬、生体素材の保存、さらには特定の鉱石の熟成などが該当します》


「……やっぱりそうか。じゃあ、保存そのものじゃなくて、*管理された空間の中で“変化を起こす”*ことを目的にする、ってのは?」


《発酵や熟成の促進・制御に特化した小型保存装置。現代科学における“インキュベーター”や“熟成庫”に相当する装置が該当します》


「それだ。魔法と科学の融合なら、温湿度と気圧を制御した“発酵バッグ”とか、かなり画期的だろうな」


 レンの口元がわずかにほころぶ。

 この世界の発酵技術はまだまだ職人の勘に頼る部分が大きく、環境の微細な変化に大きく左右される。


「よし、方向性は決まった。次は──何を発酵対象に選ぶか、だな」


《現地市場で流通する発酵製品の精度と流通量の調査をおすすめします。価格差=安定性の指標になる可能性があります》


「なら市場調査だな。せっかくだし、現場で詳しい人の話も聞けるかもしれないし」


 魔導具の開発には、情報収集と実地調査が欠かせない。

 レンは手元のメモに「発酵食品」「高価」「失敗が多い」と走り書きをし、立ち上がった。


「じゃあ行こうか、クロエ。久しぶりの“フィールドワーク”だ」





 王都の中心部にある《大市場》は、今日も人で賑わっていた。

 通りには天幕の屋台が並び、野菜や肉、魚、加工食品に香辛料まで、あらゆる食材が所狭しと並べられている。


 レンは人波を避けながら、通路をゆっくりと歩いていた。


「ふむ……やっぱり、発酵食品もいろいろあるな」


 並べられていたのは、発酵チーズのような白カビの塊、保存用の塩魚、豆を潰して発酵させた練り状のペースト、酸味のある漬物類など。


《店頭価格に差が見られますね。簡易な塩漬け品と、熟成を要する品で五倍以上の開きがあります》


「つまり、作るのが難しいか、失敗しやすいか。あるいは、手間や時間がかかるってことだな」


 レンは立ち止まり、ひときわ整った外観の発酵チーズを並べていた一軒の屋台を見つめた。


「すみません、このチーズ……ずいぶん高価ですね」


「おう、若いの、目がいいな」

 屋台の主は年配の男性で、日に焼けた腕と、しっかり巻いた前掛けが職人気質を感じさせた。


「これは南の高湿地で作る《白花チーズ》ってやつでな。気温と湿度、それに空気の流れが合わねぇとカビが育たん。ひと月に十個仕込んで、まともにできるのが三つくらいよ」


「そんなに歩留まりが悪いんですか……」


「まあな。こっちの気候じゃまず作れねぇ。貴族の旦那方の注文でしか入れねぇし、オレらが食うようなもんじゃない」


「なるほど……それは確かに高くなりますね」


レンは小さく頷いた。この世界でも、温度や湿度といった条件が食品の成否を大きく分けている。


レンはその後も一つひとつの店を見て回りながら、発酵食品に注目していた。


「いらっしゃい! 塩漬け魚に酢漬けの根菜、あとこっちは豆の発酵ペーストだ」


「この豆のペースト、結構高いですね。どうして?」


「これは山の北の村から仕入れてるんだが、作るのに二月はかかるし、温度管理を間違えるとすぐダメになる。しかも、使う豆も限られててな」


 なるほど、とレンはメモを取る。


 そして、最後にひときわ年季の入った店構えの発酵食品屋へと足を運ぶ。


「すみません。これはどういったものですか?」


「これはテンペって言ってな、白カビで固めた豆のケーキみたいなもんだな。」


「へぇー、これ作るの大変でしょうね。」


「まあな。これはつけ汁につけた豆にテンペ菌を混ぜ干してカビを生やすんだけどな、これが結構大変なんだよ。この容器と保温石は必需品だ」


「この容器って何か特別な道具なのですか?」


「いいや、ただの箱だがな、これに入れないと乾きすぎちまってダメなんだよ」


「そうなんですね。それに保温石が必要ということは温度もある程度必要なんですね」


「そうだな。暖かくしてやらねえとうまくカビが生えねえんだ」


「失敗も多くてな……でもこれが結構人気なもんで赤字覚悟で作ってるってわけさ」


 レンはじっとテンペを見つめた。


(この不確実性……ここに“制御された環境”を持ち込めれば、安定して供給できるかもしれない)

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