第57話 基礎実習 〜光晶灯製作〜
専門課程の実習が始まった。
今日の課題は「光晶灯」と呼ばれる、魔道具の基礎訓練として定番の製作だ。魔石の魔力を利用し、発光術式を刻んだ小型ランプを作るというものである。
「今回使うのは、この標準術式だ。配布した図面通りに刻み、完成させてくれ」
アスター教授が黒板に映し出したのは、術式の配置図だった。魔力供給回路、安定化補助、出力制御──基本的な要素が整った、実に教科書的な構成だ。
レンは静かに配布された刻印板と工具を手に取る。
その図面を見つめながら、眉をひそめた。
(魔石から魔力を供給し、水晶が光る仕組みか……現代の電灯とほぼ同じだな。魔力を魔石から水晶に流し込む、非常に素直な構成だ)
だが──
(この回路……ここだけやけに遠回りだ。もっと直接繋げば効率がいいはず。なぜ、わざわざ回り道をさせている?)
クロエの声が静かに響いた。
『確認しました。該当部分の回路は、魔力伝達効率がやや落ちています』
(やっぱり……無駄なように見える)
レンは手を止め、意を決して手を挙げた。
「先生、質問よろしいですか?」
「うむ、なんだね?」
「この回路図ですが──この部分、魔力の流れがかなり遠回りになっているように思われます。出力先に直接つなげば効率が良いのでは? なぜこのような構成に?」
アスター教授の目がふっと細められ、口元が緩んだ。
「おお、君はなかなかいいところに目をつけるな」
教授は黒板の該当部分を指しながら説明を始めた。
「確かに、君の言う通り、効率だけを考えれば直結の方が理にかなっている。しかしな、これは“術式暴走”への備えなのだ」
「術式暴走……ですか?」
「そう。魔石から過剰な魔力が供給された場合、術式が制御しきれずに暴走し、破損や爆発を引き起こす可能性がある。その際、回路のこの部分──つまり君が言った“遠回り”の区間は、魔力を逃がす“緩衝経路”として機能するんだ」
「なるほど……」
「この技術は古いが、確実な安全策だ。現代ではもっとスマートな回路もあるが、実習ではまずこの“安全設計”を学んでもらう。魔道具職人にとって、暴走対策は命綱だからな」
レンは深く頷いた。
(回路の一つひとつに意味がある……単なる設計ではなく、“思想”がある)
『構成意図の記録完了。魔力緩衝用サブ回路と分類しました』
(ありがとう、クロエ)
そう呟くと、レンは工具を手に取り、作業を再開した。
細かな術式線を一本ずつ丁寧に刻み、指先のわずかな揺らぎすら許さぬ集中力で彫り進める。
レンの彫る線は、美しいまでに均一で滑らかだった。
やがて完成した光晶灯に魔石を装填し、試験起動を行う。
淡い光が安定して灯り、室内に穏やかな明かりをもたらした。
アスター教授が近づき、光を見て頷いた。
「うむ。良い刻印だ、レン君。初日の実習にしては申し分ない仕上がりだ」
「ありがとうございます、教授」
周囲でも学生たちが次々に完成品を起動させているが、レンの光晶灯は明らかに一際明るく、光の揺らぎも少なかった。
(……刻印精度だけでここまで差が出るのか)
『術式線の均一性と角度精度が高く、魔力損失がほとんどありません』
(なるほど。こういう積み重ねが完成度を左右するのか)
レンは光る光晶灯を静かに見つめながら、次なる応用への意欲を胸に膨らませた。
実習は始まったばかり──彼の“現地魔道具研究”は、いよいよ本格的に動き出す。
今回のお話では、レンが専門課程で初めての実技――「光晶灯」の製作に取り組む様子を描きました。
彼にとっては魔道具そのものよりも、そこに組み込まれた“理屈”や“思想”に興味があるので、単なる模倣ではなく「なぜこうなっているのか?」と自然に疑問を持つ姿勢が、彼らしさかなと思っています。
特に今回出てきた「回りくどい回路」が、実は安全設計としての“逃がし経路”だったというくだりは、現代のヒューズや安全弁のような発想と重なる部分もあり、少しニヤッとしてもらえると嬉しいです。
次回は、いよいよ「レンならではの魔道具作り」が動き出します。どんなアイデアで、どんな技術を応用していくのか、お楽しみに!
それでは、最後まで読んでくださってありがとうございました。




