第55話 専門課程開始 〜魔道具とは何か〜
いつもと変わらぬ朝のはずだった。けれど、レンの胸は高鳴っていた。
窓の外にはいつもの街並み、いつもの空──なのに、どこか違って見える。空気が澄んでいるような、光が少し眩しく感じるような。そんな不思議な感覚に、レンは少しだけ微笑んだ。
「……いよいよだな」
今日から専門課程。魔道具の理論と実技、その核心にようやく手が届く。
身支度を整え、資料とノートをきちんと鞄に詰め込むと、レンは足取り軽く寮を出た。いつもの通学路も、なぜか新鮮に感じる。子どもの頃、遠足の朝を迎えたような──そんな浮き立つ気持ちが胸を満たしていた。
そうして彼は、学院の実習棟へと向かう。
そこは今までの座学とは違い、実際に魔道具を製作・研究する工房が並ぶ、実技中心のエリアだった。
集まったのは十数名の学生たち。その前に立つのは、専門課程を担当するアスター教授だった。初老の穏やかな表情を浮かべた男で、学院でも実力派の魔道具師として知られている。
「さて、今日から君たちは専門課程だ。ここでは魔道具の理論と実践の両方を学ぶことになる」
教授の声が柔らかく響く。
「まずは基本から確認しよう。──魔道具とは何か」
アスター教授は背後の魔道具サンプルを指し示した。様々な形の道具が棚に並べられている。
「魔道具とは、簡単に言えば”術式を刻み込んだ道具”だ。使用者が直接魔法を唱えずとも、あらかじめ刻まれた術式に魔力を流し込めば、一定の魔法効果を発動できる。生活の中で広く普及しているのはこの利便性によるものだ」
レンは静かに頷く。基本事項だが、今までの学びと照らしても腑に落ちる説明だった。
「魔道具の構造は大きく分けて三つだ」
教授は指を立てる。
「第一に、魔力源。これは魔石を用いるのが一般的だ。魔石の大きさと純度が魔道具の稼働時間や威力を左右する」
「第二に、術式回路。これは道具に刻まれた魔法文字──エンチャントによって形成される。正確に刻印し、安定した術式を構築するには職人の熟練が不可欠だ」
「第三に、出力媒体。発動する魔法効果を具現化する部品であり、用途に応じて様々な素材が使われる。例えば発光結晶や浮遊石、薬効触媒などだな」
学生たちの中には熱心にメモを取る者もいれば、既に知っているのか腕を組んで聞く者もいる。
アスター教授は一息置いてから続けた。
「──だが、ここまでが一般論だ。ここから先は、君たちが今後学ぶべき専門領域となる」
教授の目が少し鋭くなる。
「なぜ術式が効果を発揮するのか。なぜ魔石が魔力を蓄えられるのか。なぜ出力媒体によって効果が変わるのか──」
「これらの”なぜ”を考え始めることが、真の魔道具開発に繋がるのだ。今までの学びはあくまで操作方法に過ぎん。これからは”仕組み”を理解せねばならない」
──まさに、レンが今まで追い求めてきた領域そのものだった。
『……面白くなってきましたね、レンさん』
クロエの声が静かに響く。レンはわずかに口元を緩めた。
「ああ。まさに、これからが本番だ」
専門課程の扉が、今静かに開かれた──。




