第53話 基礎課程修了 〜新たな学びへの扉〜
あれからレンは、魔法技術の習得だけでなく、その根本にある理論の解明にも時間を注いでいた。
学院の図書館に収蔵されている精霊や呪文に関する資料は、すでにすべて目を通していた。だが、どれも伝承や神話の域を出ず、確証を得られる記述は見つからなかった。
それでもレンは諦めなかった。
彼の関心は、今や図書館の片隅に眠る未解読の古文書に向けられていた。精霊信仰が色濃く残る時代のものとされるが、文字の多くは現在の言語体系とはかけ離れており、研究が進んでいない資料だった。
レンは、クロエの演算補助を使いながら、文書に記された古代文字の解読に取りかかっていた。
意味が不明な語句、破損した構文、反復する音のパターン──
わずかな手がかりから共通性を洗い出し、過去の呪文の構造と照合することで、ひとつずつ意味を仮定していく。
そして、導き出した単語や文の断片をもとに、試験的に独自の呪文を構築。
魔力を通して発動を試みるたび、クロエが魔力波形を記録・解析し、既存の呪文との違いや異常反応を比較していった。
──なぜか、古代語ベースの呪文を使ったときだけ、魔力の流れにごく微細な揺らぎが発生する。
それは、まるで何かが応答しているかのような、魔法の背後に潜む“気配”だった。
「……やっぱり、精霊の存在はただの幻想じゃない」
レンの仮説は次第に形を持ち始めていた。
魔法とは、自然現象を操作する技術ではなく、かつて人が“対話”によって自然を動かしていた、その痕跡なのではないか──と。
そうしてレンは今日も、誰も踏み込んだことのない未知の言語と呪文の構築に取り組む。
──そしてついに、基礎課程修了の時を迎えた。
学院の一室にて。
整然と並べられた机、窓の外には柔らかな光。
レンはその中心で、エルバート教授と対面していた。
「よくここまで辿り着いたな、レン君」
エルバート教授が穏やかな笑みを浮かべながら、修了証書を差し出す。
その手には、労いと期待の色がにじんでいた。
「ありがとうございます、教授」
レンは両手でしっかりと証書を受け取る。感謝と決意が自然と胸に込み上げた。
「実技・知識ともに優秀だ。そして何より──
君が今取り組んでいる《魔法という現象の仕組みの解明》。それは、我々研究者にとっても未踏の領域だ。……私も楽しみにしているよ」
「まだ仮説の段階に過ぎませんが、必ず実証を積み重ねてみせます」
静かに、しかし力強くそう告げるレンの瞳はまっすぐだった。
「うむ、ここからが本当の意味での出発点だな」
教授は軽く頷き、声を改める。
「基礎課程はこれにて修了だが──君は希望通り、専門課程へと進む。進学先は《魔道具科》。魔法という力を、形ある“技術”として実装する分野だ。……君の知識は、必ずやそこで活きてくるだろう」
レンは一拍ののち、小さく頷いた。
「はい。現象を理解し、理論を積み重ねたうえで、形にする──
科学の現場でも、ずっとやってきたことです。必ず、ここでも役立ててみせます」
ポケットの端末が、軽く光を放つ。
『魔道具分野への応用。私も新たな演算アルゴリズムの構築を開始します』
クロエの冷静な声が応じた。
科学と魔法の融合は、いよいよ次なる段階へと進もうとしていた。
レンの歩みは、まだ始まったばかりだ。




