第51話 仮説の提示 〜特別蔵書区への道〜
──翌日、放課後。
授業を終えたレンは、校舎の隅にある教員棟へと足を運んでいた。
目指すは、呪文学を専門とするエルバート教授の研究室。
(学生用書庫はもう、ほとんど読み尽くした。けど……まだ足りない)
クロエの検索補助で目録を洗い出した結果、学生が閲覧可能な範囲には、精霊と呪文の関係を深く掘り下げた文献はほぼ存在しないことが分かった。
より専門的な資料は、閲覧に許可が必要な“特別蔵書区”に収蔵されているらしい。
そのための許可を得るべく、レンは今、教授のもとを訪れていた。
「失礼します」
ノックと共に扉を開けると、室内には本と紙の山が築かれていた。
高く積まれた資料の間から顔を覗かせたのは、白髪交じりの髭をたくわえた初老の男性──エルバート教授だった。
「……おや、君は……レン君だったね」
教授は老眼鏡を外し、優しい目で微笑んだ。
「今日はどうしたのかな? 何か質問かね」
「はい。あの、今……個人的に精霊信仰と呪文の起源について調べていまして」
「ほう、精霊信仰を?」
教授の手が資料の上で止まる。少し意外そうな顔をした。
「ええ。学生用の蔵書では調べられる範囲に限界がありまして。できれば、特別蔵書区の文献を閲覧させていただけないかと……」
「理由を聞いても?」
促されて、レンはこれまでの考察と仮説を丁寧に説明した。
古代の精霊信仰において、人々は“特殊な言語”で精霊と対話していたという伝承。
そして、もしその言語が現代の呪文へと変化してきたのだとすれば──
「……今の呪文は、精霊への命令文の名残ではないかと考えています。
だからこそ、発音の順序や語の正確さが求められるのではないかと」
教授は目を細め、しばし無言のまま頷いた。
「……面白い」
「え?」
「いや、実に着眼点が鋭い。実のところ、かつて私も似たような仮説に惹かれていた時期があったんだよ。だが、証拠が乏しくてね。結局、論文にはできなかった」
その言葉に、レンの目が見開かれる。
(……教授も、同じことを……?)
「君のように若い学生が、それを独自に考えたというのは驚きだ。
将来、研究者を目指しているのかい?」
レンは少し恥ずかしそうに頷いた。
「はい。この学院に来たのも、より本質的な魔法理論を学びたかったからです。いずれは……自分なりの魔法体系を構築できるようになりたいと思っています」
教授はにっこりと笑い、分厚い資料の山から何かを引き出した。
それは、特別蔵書区への閲覧推薦書だった。
「私の名で、推薦を書いておこう。
あそこには解読が進んでいない古文書や、精霊言語とされる断片もいくつか保管されている。もっとも、明確な証拠があるとは言えないが……君のような熱意のある若者が挑むのなら、意義はあるだろう」
「……ありがとうございます!」
レンは心からの礼を述べ、深々と頭を下げた。
「ただし──忘れないでほしい。研究というのは、答えを求めて進むものだが、時に“答えのなさ”を受け入れる勇気も求められる。
信じすぎず、疑いすぎず。君の中でしっかりと見極めていきなさい」
「……はい、肝に銘じます」
推薦書を胸に抱え、研究室を後にする。
学院の静かな回廊を歩きながら、レンはほんの少しだけ、世界が広がった気がしていた。
(よし。次は、特別蔵書区だ)
思考の地図はまだ白紙が多い。けれど、その一歩一歩が、確実に真実へと繋がっている──
そんな確信が、胸の奥に灯っていた。




