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第56話 実習開始 〜理論への疑問〜

 専門課程の授業二日目。

 今日は課題制作に入る前に、魔道具理論の基本を学ぶ座学が行われていた。


 講師はアスター教授。工房の中央に立ち、黒板に魔道具の構造図を描きながら語る。


「──改めて整理しよう。魔道具は、魔力源・術式回路・出力媒体の三要素で成り立っている。これらを適切に組み合わせることで、安定して魔法効果を引き出せるのが魔道具の特長だ」


 教授は魔力石や刻印板を手に取りながら説明を続ける。


「刻む術式は古来より様々な試行錯誤が重ねられてきた。配置、角度、深度、符号の組み合わせ……これらが効果の成否を大きく左右するため、魔道具職人たちは長年の経験則を積み重ね、術式理論を築き上げてきたのだ」


 


 その説明を聞きながら、レンは静かに手を挙げた。


「教授、ひとつ質問を」


「うむ、なんだね?」


「魔道具には、その術式構造の理論がある。だが──呪文魔法には、なぜ理論がないのですか?」


 


 教室内がわずかにざわつく。

 アスター教授は一瞬考え込み、やがてゆっくりと答えた。


「……良い質問だ。確かに、呪文については我々も『なぜそれで発動するのか』までは追及しておらん。なぜなら、呪文は古来から正しい言葉を正しく唱えれば発動するものとして受け継がれてきたからだ」


 教授は少し苦笑する。


「つまり、使うことはできるが、その仕組みを考えようとはしてこなかった──それが正直なところだ。逆に魔道具は、“作る”必要があった。作るには安定した技術が要る。そこで経験を積み重ねて理論化が進んだ、という訳だな」


 


 そこでレンはさらに一歩踏み込む。


「それでは──もし呪文の理論が解明できれば、さらに高性能な魔道具が作れるということですか?」


 教授は少し驚いたように目を細めた。


「……ふむ、確かにその通りじゃの。しかし、誰もその可能性に言及しなかったのには理由があるんじゃい」


 教授はゆっくりと言葉を選びながら続ける。


「これまでにも魔法学、呪文の研究に挑んだ者は少なからずおった。だが──誰ひとりとして解明に至った者はおらんかったのじゃ。やがて、呪文は解き明かせぬものとして受け入れられ、次第にその謎を追う者も消えていったのじゃよ。」


 


 レンは静かに頷いた。

 この世界の人々は、知らず知らずのうちに**「呪文は不可解なままで当然だ」**という先入観に囚われていたのだ。


『……やはり、誰も “根本原因” を疑わなかったのですね』


 クロエの機械音声が静かに耳元で囁く。


 ──だが、レンには見えてきている。

 おそらく、呪文の奥には「何か別の仕組み」が隠されている。

 もしかすると──それは、この世界の人々が存在すら意識していない精霊的な何かかもしれない。


(──ならば、俺が解き明かしてやる)


 レンは静かに心の中で決意を新たにした。

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