第50話 古代の手がかり 〜精霊と呪文の起源〜
レンは特別蔵書区の奥深くへと足を踏み入れていた。
クロエの補助によって目録が整理され、精霊関連の資料が集中している棚を特定できたからだ。
《精霊信仰に関する資料は、この一帯に集中しています》
その報告を受けて、レンはひときわ古びた一冊を取り出す。
表紙には金文字で『精霊信仰史概説』と刻まれており、明らかに一般の教科書とは異なる気配を放っていた。
「……さて」
ページを開いた瞬間、羊皮紙のしっとりとした感触とともに、古代の伝承が目に飛び込んでくる。
【いにしえの時代、精霊と人はともに在り、互いに語らい、自然と調和して生きていた──】
レンの目が細められる。
(精霊が風を起こし、雨を降らせ、人々はそれを言葉で願っていた……)
それはまるで、呪文による魔法行使そのものだった。
次のページをめくると、さらに興味深い記述があった。
【当時、人々は精霊との対話に“特別な言語”を用いていたという説がある。
これが、後に呪文詠唱の原型となった可能性も否定できない──】
レンの指が止まる。
(……やはり、呪文のルーツは古代語?)
《主人、先日発見した断片的な呪文構文との一致率、照合中です》
クロエの分析が続くが、どこかレンの心は晴れなかった。
(……でも、これって結局「そう言われている」ってだけなんだよな)
どの資料をめくっても、それは「言い伝え」であり、「伝承」であり、「神話」だった。
誰かが記録した明確な事実としてではなく、
あくまで「そうだったかもしれない」と語り継がれているだけ──
(結局、確かな証拠は見つからない。精霊が実在したのかすら、今では分からないんだ)
仮説は魅力的だ。
古代語が命令文であり、精霊に命じることで現象を起こしていた──
それが崩れて、呪文という形だけが残った。そう考えると辻褄は合う。
だが、確固たる証拠はない。
精霊の実在を証明するものもなければ、
古代言語と現代の呪文を直接結びつける資料もない。
「……空想の域を、出ないな」
呟く声が、静かな書庫に溶けていった。
《主人……しかし、その“空想”こそが、新たな理論の端緒となるかもしれません》
レンは小さく笑った。
「……そうだな。空想でも、仮説がなければ、答えに辿り着くことはできない」
本をそっと閉じる。
たとえ夢想と笑われようとも、真理を求める歩みを止めるつもりはなかった。
──呪文の正体とは何か。
──魔法とは、誰の、何の意志によって成立しているのか。
この問いの答えは、まだ闇の中にある。
それでも、レンの中ではひとつの光が灯っていた。
「……明日は、もう少し範囲を広げてみよう。クロエ、引き続き手伝ってくれ」
《了解しました、主人》
書架の隙間から射し込む光の中、レンは静かに資料を元の棚へと戻した。
答えに至るには、まだ時間がかかる。
だが──それでも、前に進むことだけはやめなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
もしよろしければ、ブックマークや評価、感想などもいただけると大変ありがたいです。今後の執筆の参考にもなりますし、何よりモチベーションになります。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。




