第5話 初めての接触 〜慎重なファーストコンタクト〜
クロエの音声記録が始まってから数日。
村の近くに張っていた隠れ家から、蓮はじっと観察を続けていた。
「収録時間は?」
《累計35時間24分。学習データ蓄積中です》
「そろそろ……初歩ぐらいは話せるか?」
クロエの演算は省電力ながら地道に続いていた。
その結果、頻出する挨拶や名乗り程度のパターンなら音声出力が可能になりつつある。
《挨拶・名乗り・簡単な返答の出力が可能です》
「よし。じゃあ、お前が話せ。俺の発音じゃ通じる気がしないからな」
《了解しました。音声出力準備完了》
蓮は深く息を吐いた。
「……さて、いよいよだな」
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川沿いの小道を進むと、村の入り口が見えてきた。
簡素な門の前で薪を運ぶ若者が一人、荷物を整理している。
蓮は慎重に姿を現した。
両手を広げ、武器を持たぬことを示しながらゆっくり歩み寄る。
若者は驚き、身構えたが、すぐに冷静さを取り戻し、じっと蓮を観察している。
沈黙を破ったのは、クロエの端末だった。
《音声出力開始》
クロエから、ぎこちない現地語の音声が流れる。
『ナーカ。私。旅の人。名。レェン。』
若者は目を丸くした後、ゆっくりと蓮を見つめ返す。
「……レェン?」
「そう。レェン」
蓮は微笑み、頷きながら自分の名前を繰り返した。
やがて若者は周囲に声をかけ、何人かの村人たちが現れた。
彼らも最初は警戒しつつ、蓮の姿を観察している。
ただ、その表情には好奇心が混じっていた。
《補助翻訳:おそらく「どこから来た?」「何者?」に相当する質問》
「今の段階じゃ細かい説明は無理だな……クロエ、簡単にまとめて」
《了解しました》
『私。遠く。来た。一人。』
村人たちは顔を見合わせ、小さく頷き合った。
少し安心したのか、中年の男性が一歩前に出た。
ここで蓮は、自ら次の言葉を選ぶ。
身振りで村の方を指し、クロエに低く指示を出す。
「村……入っていいか? 翻訳頼む」
《出力:》
『村。入る。良い?』
たどたどしい言葉だったが、意味は通じたらしい。
中年男性はわずかに驚いた表情を見せた後、ゆっくりとうなずいた。
蓮は深く頭を下げ、柔らかく微笑んだ。
「ありがとう」
もちろん日本語だが、クロエがすかさず現地語で短く挨拶を代行する。
『感謝。』
こうして白石蓮は、ついに異世界の住民たちと最初の接触を果たしたのだった。




