第46話 命令構造の片鱗 〜レン、ひそかに実験する〜
複合詠唱の訓練が続いていた。
教師が先導し、今日も生徒たちはひたすら呪文を正確に唱える練習に励んでいる。
「順番をよく確認して──。《ファイア・スフィア・スモール・ショット》」
生徒たちは一斉に唱え、小さな火球を飛ばしていく。
だが依然として失敗する生徒も多い。
そんな中、レンは静かに考え込んでいた。
(順番を間違えると失敗する。発音も少し違うだけで発動しない。なら……)
──試してみよう。
教師が少し他の生徒に目を向けている隙を見計らい、レンは呟くように実験を始めた。
「……スフィア・ファイア・スモール・ショット」
──ぽふっ
手のひらに魔力は集まったものの、火球は形成されずに霧散した。
(やはり構文が崩れると発動しない。順番が重要だ)
今度は少しだけ別の順序で試す。
「……ファイア・スモール・スフィア・ショット」
──ボンッ!
一瞬、爆ぜるように閃光が走り、小さな煙があがった。
教師がこちらを振り返り小走りでやってくる。
「白石君、大丈夫か? 順番を間違えると危険だから、慎重にね」
「……はい。すみません、気をつけます」
教師は苦笑して去っていく。
(なるほど……命令構文と同じだな)
(単語の意味は分からないが、順序を正しく並べる必要がある。
引数を正しく指定しないとエラーを吐くプログラムのように)
《レン様、構造解析進捗 22%》
クロエのログも並行して記録を進めていた。
授業が一段落し、教師が生徒たちの間を回って個別にアドバイスをしていた。
少しの空き時間ができたのを見て、レンは手を挙げた。
「先生、質問してもいいでしょうか?」
「うん? もちろんだ、白石君」
レンは少し考えながら問いかけた。
「呪文の単語には……意味があるんでしょうか?」
教師は一瞬目を丸くし、そして柔らかく微笑んだ。
「ふむ。正直に言うとな──今となっては、その意味は分からんのだよ」
「え……?」
「遥か昔に編み出された術式の名残と言われている。古代の言語が元になっているとも聞くが……それを今の時代に読める者はほとんどいない。だから我々は“形”だけを受け継いでいるのさ。正しく唱えれば現象は起きる、それが肝心だ」
「古代の……言語?」
「“古代文字”と呼ばれている。だが研究する者は少ないし、日常で使われることもない。今となっては学者たちの趣味の領域さ」
──古代文字。
その言葉に、レンの中で小さく引っかかりが残る。
(古代文字……クロエなら、もしかすると──)
教師は肩をすくめて続ける。
「我々は意味を知らずとも、正しく唱えれば魔法は発動する。まあ、便利と言えば便利だな。深く考えなくても魔法は使えるんだから」
「……ありがとうございます。よくわかりました」
教師は満足げに頷き、次の生徒の指導へと向かっていった。
(意味は忘れ去られた……なのに形は生きている。構造だけが正しく残されてる……)
(もしや、これは──)
レンの中に新たな探求心が芽生え始めていた。
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