第45話 複合詠唱の壁 〜呪文は命令文?〜
「では、今日からは複合詠唱に進みます」
朝の実技教室に、教師の落ち着いた声が響いた。開け放たれた窓からは初夏の風が吹き込み、生徒たちの期待に満ちた空気をそっと撫でていく。
「今までは単純な発火や発光など、最も基礎的な術式のみでした。しかし、実際に使われる魔法は、複数の要素を組み合わせた“複合構文”が基本となります」
生徒たちはいっせいに姿勢を正し、目を輝かせた。
教師は前方に進み出て、手本を見せるように両手を構える。
「──《ファイア・スフィア・スモール・ショット》」
その瞬間、教師の手のひらに生まれた火球が、まるで弾けるように空気を裂いて放たれた。
「おおーっ……!」
「これが……本物の攻撃魔法……!」
湧き上がる歓声と感嘆の声。単なる“火を灯す”のではない、意図と制御を持った魔法。その迫力に、生徒たちは圧倒されたようだった。
「皆さん。今日からはこのレベルを目指します」
教師は静かに続ける。
「もちろん、安全のため出力は抑えますので、暴発しても火傷しないよう、訓練用の魔導具と防御障壁を展開しています。安心してくださいね」
その背後では、淡く青白い防御壁がゆるやかに揺らいでいた。
レンも、静かに息を呑んだ。
(やっぱり……呪文って、命令文だ。ファイア──火、スフィア──球体、スモール──小、ショット──射出。まるで引数つきの関数みたいな構文)
《呪文の構成要素:属性・形状・規模・挙動──。出力構文としては、非常に理にかなっています》
クロエの声が静かに重なる。
(けど……何に命令してる? 誰が“火を出す”って決めてる?)
頭のどこかでずっと引っかかっている。言葉を唱えるだけで“現象が生まれる”という、この世界の理。仕組みとしての美しさを感じる一方で、物理法則を逸脱しているような違和感も、消えなかった。
「さあ、皆さんも試してみましょう」
生徒たちはそれぞれ、意気揚々と練習を始める。
「ファイア・スフィア……あれ、スモールが先だっけ?」
「うわっ!? ちょ、弾けたっ!」
「あ〜〜また消えた〜〜!」
呪文の順番や発音に苦戦し、火が出なかったり暴発したり、混乱の中にも笑い声と焦りが交錯していた。
レンは深呼吸し、心を静かに整える。
(順番通りに、正確に。魔力を言葉に沿って流す──)
ゆっくりと構え、呪文を紡ぐ。
「……ファイア・スフィア・スモール・ショット」
──ぽんっ。
手のひらの上に、小さな火球が灯り、それが滑らかに空中を飛んでいく。
《成功です。魔力流入安定度:96%。座標変位なし》
(よし……今のは、ちゃんと“意図通り”だ)
教師がそっと近づき、レンを見て頷いた。
「素晴らしい集中力ですね、白石君。発音も魔力の乗せ方も、美しい構成でした」
「ありがとうございます」
一礼しながらも、レンの心には晴れぬ疑問が残っていた。
(魔法とは、現象を生み出す“命令”。それはいい。じゃあ──その命令は、誰に届いているんだ?)
この世界には、見えない“何か”が存在している。
現象の制御。法則の変化。命令の実行。
(誰がそれを“受け取って”、現象に変えてる?)
魔力と術式。それらを結びつける“見えない媒体”の存在──それこそが、レンが真に求める答えなのかもしれなかった。
まだ、答えは遠い。
だが、その違和感は、確かに核心へと続いていた。
──そしてその先には、この世界の魔法理論を揺るがす発見が、待っているのだった。
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