第44話 詠唱訓練、開始 〜正確さがすべて〜
「さあ皆さん、今日からは呪文詠唱の本格訓練に入ります」
朝の教室に、教師のよく通る声が響く。柔らかくも張りのある声で、教室全体に緊張が走る。
教壇の前で教師が教室を見渡しながら、指を一本立てて続けた。
「先日も話しましたが──」
「呪文は“言葉”ではありません。“術式”です。たった一文字違うだけでも、魔法は発動しません。発音が少しでも崩れれば、暴走すら起こします」
生徒たちの背筋がピンと伸びた。わくわくしていた空気は、やや引き締まったものへと変わる。
レンもその言葉を静かに反芻する。
(術式……やっぱりこれはただの“言葉”じゃない。現象を起こすための正確な命令構文みたいなものだ)
(ってことは、たとえば一音違うと“実行不能”になるのか。……構文エラー、みたいなもの?)
教師は模範として、呪文を唱えてみせた。
「──《ルミナ》」
指先に、小さな光球がふわりと灯る。まるで夕暮れ時の星のような、穏やかな光だった。
「短い呪文ですが、正確さは何より重要です。慣れてくれば複雑な呪文にも対応できます。まずはこの“発音精度”をしっかりと身につけてください」
教師が一歩引くと、各自の机に設置された練習用魔力球がふわりと浮かび上がった。呪文が正しく発音されれば、反応して光る仕組みだという。
生徒たちは一斉に練習を始めた。
「ルミナ!」
「ル、ルゥ……ミナ!」
「……ルミィナ?」
「あっ、また消えた……!」
教室のあちこちで、言葉と光と失敗の声が飛び交う。
レンも、静かに呪文を唱えた。
「……ルミナ」
──ぽん。
小さな火球が、揺らぎながらも指先に灯った。
《レン様、発音誤差0.8%、魔力流入安定率92%。初回としては良好です》
(うん……でも、まだどこか引っかかる)
レンは一度深呼吸して、再度口を開いた。
「ルミナ──」
今度は、声のトーンと口の形を意識し、魔力の“乗せ方”を丁寧に調整する。
──ぽうっ。
先ほどよりもはっきりと安定した光球が現れた。
《誤差0.3%に低下。音韻安定性良好。補正アルゴリズムを更新します》
(ありがとう、クロエ。記録お願い)
教師がレンの机のそばへと歩み寄り、ふと目を細めた。
「……ほう。かなり安定してきたようですね、白石君」
「ありがとうございます」
「柔軟な修正力がある。これは今後の呪文訓練でも武器になるでしょう。特に長文の呪文になると、思考の柔軟さがものを言います」
隣では、別の生徒が何度も呪文を間違えては首を傾げていた。
「うぅ、ムズカシイ……!」
「焦らずに、口の形・息の量・魔力の流し方。ひとつずつ丁寧に意識してみてください」
教師は、どの生徒にも優しく声をかけていた。
レンはまた自分の内面に意識を戻す。
(呪文に魔力を“乗せる”……“言葉に魔力を通す”というのは、結局、音そのものが何かの“起動キー”になってるのか?)
(でも……それだけじゃ説明がつかない。間違えたら発動しない、もしくは暴発するって──なぜ?)
その問いは、まだ答えにたどり着いていなかった。
けれど、ふとした疑問が積み重なっていくことこそが、彼にとっての“研究”のはじまりだった。
──これは、レンがこの世界の魔法の本質に迫っていく、最初の一歩である。




