第41話 呪文詠唱の授業開始〜魔力を込める?レンの疑問〜
朝の授業が始まった。
教室には昨日以上の緊張感が漂っている。
多くの生徒が、真新しい教本や魔導具を手にして落ち着かない様子だ。机を叩く音、ペンを走らせる音、椅子を引く音が、やたらと耳に残る。
扉が開き、中年の男性教師が姿を見せると、教室内は一気に静寂に包まれた。
彼はひとりひとりの顔をゆっくりと見渡し、満足そうに頷くと口を開いた。
「さて、今日から本格的に呪文の詠唱練習に入りますよ」
落ち着いた、だが通る声で語られるその第一声に、空気がぴんと張る。
「呪文は、正しく、そして魔力を乗せて唱えなければ発動しません。昨日も説明しましたが──呪文に魔力を“込める”ことが、何よりも重要なのです」
その言葉に、レンは背筋を伸ばした。
教師の話を聞きながら、頭の中で繰り返す。
(魔力を込める……そこが鍵なんだ)
今までの魔法訓練では、レンは自然と魔力を身体の特定部位へ集中させ、そのあと呪文を唱えていた。
しかし“呪文に魔力を乗せる”という感覚は──自分の中では曖昧なままだった。
(魔力の出力地点を作るだけでは、十分じゃない。呪文に命令としての意味を持たせ、そこに魔力を流し込む……)
(まるで、設計図に電気を通して機械を動かすような……そんなイメージか)
「まずは短い呪文から練習していきます。基本は《灯火ルミナ》──小さな火を灯す初歩の魔法です」
教師が黒板に呪文の表記を記すと、手本として右手を掲げた。
その指先に、ふわりと橙色の光球が浮かび上がる。まるで宙に灯るロウソクのように、穏やかな輝きだった。
「この呪文は発音も重要です。間違えれば暴発します。魔力の込め方が不安定でも、当然同じ。繰り返し練習して、身体で覚えてください」
練習が始まると、教室内に一斉に「ルミナ……」という声が飛び交った。
あちらこちらで、ぼっ…と音を立てて灯る火球や、逆にぱっと消える火種のような光が散っていく。
レンも、静かに指先を掲げて試みた。
「ルミ……ナ……」
指先に温もりのような感覚が生まれた。
だが、そこまでだった。橙の光はゆらゆらと揺らめくだけで、球状にはならず、やがて消えてしまう。
「……うまくいかない……」
周囲では次第に成功する生徒も増え、ぱちぱちと火球が灯り始めている。
焦りが胸の奥に渦巻いたが、レンはじっと自分の感覚に集中した。
(どこかが噛み合っていない……力を送るだけじゃだめだ。呪文と魔力が、完全に“繋がって”いない)
何度も試すが、結果は同じ。火球にはならない。
やがて授業終了の鐘が鳴り、教室内がざわめきに包まれた。
「先生、少し質問してもよろしいですか?」
手を挙げたレンに、教師はすぐに気づいて微笑んだ。
「もちろんだ、白石君。どうしたのかな?」
レンは立ち上がり、慎重に言葉を選びながら口を開く。
「……呪文に魔力を“込める”というのは、どうやって“込める”んですか?
これまでは、呪文を唱えれば自然と魔法が出ていたように思うんですが……いまは、うまくできなくて」
教師は一瞬だけ考え込むような表情を浮かべた後、優しく頷いた。
「いい質問だ。実にいい。」
彼は歩み寄り、レンの机の前に立ってから話し始めた。
「幼少期から魔力の訓練をしている者は、呪文と魔力の連動を“感覚的”に覚えている。だが、それは自然にできてしまうがゆえに、逆に理論を深く理解せぬまま通過してしまう者も多い」
「君が今、立ち止まって考えていることは、実に価値がある。さて──呪文の言葉は“命令”だ。魔力はその命令を“動かすための燃料”のようなもの。言葉が器、魔力がその中身。そう考えるといい」
レンは反射的にノートにメモを取りながら、心の中で繰り返した。
(器と中身……命令と実行……)
「器だけでは意味をなさず、中身だけでも動かない。両方が合わさってこそ、“現象”として成立する。それが魔法というものなのだよ」
教師は最後に穏やかに微笑んだ。
「焦る必要はない。君は理解の扉に手をかけている。……あとは、自分で開くだけだ」
レンは深く息を吐き、静かに頷いた。
「ありがとうございます……やってみます」
教室を出るとき、レンの表情には先ほどまでとは違う光が宿っていた。
まだ不完全でも、確かに手応えはあった。考え続ける価値がある──そう、確信できたのだ。
(器と中身、命令と動力……)
魔法の正体に近づく手がかりを得たレンは、教室の廊下を静かに歩き出した。
彼の挑戦は、これからだ。
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