第34話 村長との対話 〜精霊箱という伝説〜
学園入学に向けた準備も、いよいよ大詰めを迎えようとしていた頃――
レンは村長の家に招かれていた。
「わざわざありがとうございます、村長さん」
「いやいや、学園に行く前に、一度話しておきたくての。まあ、気軽に座ってくれ」
いつものように穏やかな口調。世間話をひとしきり交わしたあと、村長はふと目を細めて言った。
「レン……お前さんのこと、ずっと少し気になっておった」
「……?」
レンはわずかに身構える。
「言葉は普通に通じた。だが、不思議だったのは、魔力も魔法も知らんというところよ。この世界で生きておれば、誰であろうと自然と身につける常識じゃ。旅人であっても、耳にしないはずがない」
その言葉に、レンは観念するように深く息を吐いた。
(やはり、気づかれていたか……)
思えば、この村に来てからずっと、自分はどこか”特別な存在”として扱われていた気がする。だが、それは冷たい目ではなく、温かな視線だった。誰も問い詰めず、ただそっと見守ってくれていた。レンにとって、この村は――家族のような存在だった。
そして今、ようやく打ち明ける時が来たのだと思えた。
「……実は、僕は……この世界の人間ではないんです」
村長は驚くこともなく、ただ静かに頷いた。
「そうであろうと思ったわ。どうにもこの世界の常識から、ずれておったからの」
「おそらく――別の世界から来たのだと思います。ただ、どうやって来たのか、自分でもよく分かっていません」
「ふむ……それでも、お主はこの村に馴染んでくれた。村の者たちも、皆お主を好いとる。何よりも、それがありがたいことじゃ」
レンの胸に、じんわりと温かいものが広がった。
「それにな――お主が持っておる、あの不思議な道具」
村長はちらりと、レンのポケットに差していた端末を指す。
「最初に見たとき、精霊箱かと思ったわ」
「……精霊箱?」
「古い伝承に出てくる、精霊が宿る魔道具よ。言葉を聞き取り、答え、持ち主を助けてくれると語り継がれとる」
(まさに……クロエのことだ)
「昔は信仰の対象だったが、今では神話の一部のようになっておるな。精霊そのものを信じる者も、めっきり減った」
「……精霊」
レンは静かに呟いた。その言葉が、心のどこかに妙に引っかかる。
この世界の魔法体系を理解するうえで、これからきっと関わってくる何か――そんな予感が、静かに胸に灯っていた。
村長は最後に、優しく笑った。
「まあ、何者であろうと構わん。お主がこの村で見せてきた姿が全てじゃ。学園でも、存分に学んでくるとよい」
「……はい。ありがとうございます」
こうして、レンは初めて、自らの秘密を口にした。
それは、彼がこの世界で一歩前に踏み出す、確かな始まりだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この村での暮らしも、少しずつ終わりが見えてきました。
レンは、新しい世界での一歩を踏み出そうとしています。
今後の展開も、ゆっくりと丁寧に描いていけたらと思っています。
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引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。




