第32話 学園入学準備編 〜読み書き修行スタート〜
行商人との出会いから数日後――
レンはラネアの家の一室で、机に向かっていた。
目の前には、村の教会から借りてきた文字練習帳が広げられている。
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「……まさか異世界でまで、また読み書きの勉強をする羽目になるとはな」
思わず漏れた本音に、苦笑しながらも、ペンを握る手は真剣そのものだった。
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「ふふ……でも、レンさんは覚えが早いですわよ」
ラネアが優しく微笑みながら、そっと隣に座る。
読み書きの練習は、魔法学園への入学に必要な第一関門だった。
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「文字の形はまあ……見れば覚えられる。問題は、発音と意味だな。似たような形の単語が多すぎる」
「それは慣れですわ。読みながら声に出して練習すれば、すぐに感覚が掴めますの」
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クロエが控えめに補足する。
《言語学習支援プログラム起動中。
音声矯正補助、記憶強化提示を実行します》
「ありがとな、クロエ。お前がいなかったら倍はかかってるだろうな」
《恐縮です。努力の成果と認識しております》
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(この世界の文字は、意外と体系的だな……音と文字の対応は整ってる。文法もそこまで複雑じゃない。
けど、同音異義語の多さがちょっとした罠だ)
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もともと学ぶこと自体が好きなレンにとって、異世界での文字習得はむしろ楽しい挑戦だった。
それでも、ふとした瞬間に、自分が元の世界に戻れる保証もないという現実が脳裏をよぎる。
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「……ふう」
小さくため息をついたレンに、ラネアが首をかしげた。
「お疲れになりました?」
「いや、大丈夫。でも……こんな風に誰かに教わるのって、なんだか久しぶりだなって思って」
「まあ。……では、わたくしは“先生”ということになりますかしら?」
少し得意げに言ってみせるラネアに、レンは思わず笑みをこぼす。
「そうかもな。先生、これからもよろしくお願いします」
「ええ、もちろんですわ。生徒が真面目ですもの」
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ラネアは微笑みながら、窓の外をちらりと見た。
外は少し風が強くなってきており、窓辺のカーテンがふわりと揺れている。
村の中でも、今日の風は「旅立ちの風」と呼ばれていた。
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「レンさん、王都に行くのは楽しみですか?」
「……ああ。正直、不安もあるけど、やっぱり楽しみの方が大きいかな」
「そうですか。なら、きっと大丈夫ですわ」
言葉には根拠のない励ましではない、どこか確信めいた優しさが込められていた。
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「そういえば、魔法学園ではどんな授業があるんだ?」
話題を切り替えたレンに、ラネアは少し考え込むようにしてから、丁寧に答える。
「まず、基礎課程で全員が魔法の基礎を一から学びますの。呪文の正確な発音、魔力の込め方、制御の仕方など、魔法を安全に、正しく扱うための訓練です」
「基礎課程を修了したら、それぞれの専門課程に分かれます。戦闘魔法コース、魔道具コース、治癒魔法コース、産業魔法コース……希望と適性で進路を選びますの」
「なるほど……専門職育成と研究、両方が揃っているわけか」
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ラネアがそっと微笑む。
「でもその前に、まずは試験に合格しませんとね」
「……ああ。まずは、読み書きだな」
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異世界での新たな挑戦――
自分にしかできない何かを、見つけられるかもしれない。
そんな予感を胸に、レンはもう一度、ペンを取り直した。
(この世界で生きるために。いや、俺自身の可能性のために)
学園入学の日は、少しずつ近づいている。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
レンの村での生活も、いよいよ残りわずかとなってきました。
学園入学に向けて、少しずつ準備を進めている彼の様子を、見守っていただけたら嬉しいです。
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今後ともどうぞよろしくお願いいたします。




