第2話 サバイバル開始 〜文明ゼロの現実〜
「……改めて痛感するな。現代文明ってのは、ほんと偉大だよ」
白石蓮はぼそりと呟きながら、汗だくの額を拭った。
通信もGPSも失われた未知の世界。頼みのAIクロエは省電力モードで事実上スリープ中。
現状、頼れるのは自分の頭脳と目の前の自然環境だけだった。
技術屋として数多くのシステムを設計してきた。だが、実際に「何もない環境でゼロから生き残れ」と言われれば、話はまったく別だ。
「とりあえず、まずは水だよな」
知識としては分かっている。だが、実際に目の前に広がる森を歩きながら水源を探すのは容易ではなかった。
音に耳を澄まし、動物の足跡らしきものを追い、ようやく小さな川に辿り着いたときには、既に日も傾き始めていた。
「さて、ここからが本番だ……」
水が見つかっても、すぐに飲めるわけではない。
濾過器も殺菌剤も持っていない。文明の便利グッズは何一つないのだ。
「まあ、結局は煮沸するしかないな」
問題は火だった。
火打石もマッチも当然ない。蓮は拾い集めた木の枝と蔓で摩擦式の火起こしを試みる。
理屈は分かっている――だが、現実は厳しかった。
「……っ、くそ……! 思ったより、全然火がつかない……!」
何度も心が折れかけた。文明ならライターひとつで済む作業に、数時間も悪戦苦闘する羽目になるとは思わなかった。
それでも、何度も何度も挑戦を繰り返し――
「……ついた!」
わずかな火種ができた瞬間、蓮は思わず小さく声を上げた。
急いで枯れ草を重ね、慎重に息を吹きかける。やがて、ぱちぱちと炎が育ち始めた。
「……ふう。これで何とか最低限の火は確保。やっぱり火は偉大だわ」
集めた石と粘土で即席の小さな炉を組み、川の水を煮沸する。
こうしてようやく安全な飲み水を確保できた。
「さて……次は食料か」
こちらもまた、想像以上に難航した。
食べられる植物の判別には確信が持てない。動物を狩るにも罠を作るにも道具が足りない。
結局、蓮は木の枝を削り即席の槍を作り、小魚を突いて獲るという原始的な手段に落ち着いた。
「……やってることが完全に原始人だな、これ」
文明にどっぷり浸かっていた現代人の自分が、今や石と枝で食料を得ている。
滑稽に思えて、思わず自嘲気味に笑みがこぼれた。
日が落ちる前に、木の枝と蔓で簡易のシェルターも組み上げた。
夜露と風を多少は防げるだろう。
焚き火のそばに腰を下ろし、クロエの端末を見つめる。
黒い画面は静かに省電力スリープを続けていた。
「お前が今、普通に動いてくれてたらどれだけ楽だったか……」
もちろん返事はない。
「……まあ、今さら言っても仕方ない。動かすなら電源を確保するしかないな」
視線を巡らせると、川の流れが目に入った。
一定の水量と流速――回転運動に利用できそうな流れだ。
「……水力発電か」
技術屋の血が騒ぎ始める。
ようやく、自分が得意とする分野に足を踏み入れられる気がして、自然と口元が緩んだ。
「さて。次の課題は発電装置作り、だな――」
夜空に浮かぶ見知らぬ星を見上げながら、蓮は静かに次の計画を思い描いていた。