第16話 圧縮突破の糸口 〜感覚と理論の狭間で〜
「レンさん、もう少し力を抜いてみましょうか」
ラネアの穏やかな声が、繰り返される失敗に肩を落とすレンに優しく響いた。
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(力を抜く……?)
レンは唇を噛む。
(集中しろと言われて集中し、今度は力を抜けと言われる。どっちだよ……)
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クロエが静かに補足する。
《魔力流路安定。流量一定。集中率5%。依然として圧縮不足。》
(だろうな)
理屈は理解できる。
だが現象が伴わない。
魔力を体内で流すことはできるようになった。
だが、それを「細く絞る」――その具体的な制御法が、どうにも掴めない。
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(科学では説明できない未知の分野……)
理論的アプローチは、ここではむしろ邪魔になる。
考えれば考えるほど思考は袋小路に陥り、魔力は分散する。
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《現状、圧縮技術の学習データが不足しています。補助アルゴリズム構築不能。》
クロエのいつもの冷静な報告が、今はどこか頼りなく感じる。
(クロエも無理か……)
科学もAIも役に立たない。
今はただ、己の感覚のみが頼りだった。
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(圧縮とは……狭めること。流れを細く絞り、一点に集中させる。イメージは……そう、まるで水道の蛇口を絞るように……)
視界の奥に、かつての研究室での高圧噴射実験の記憶が浮かんだ。
――流体を絞れば、噴射圧は上がる。
熱も圧力も、その一点に集中する。
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「……なるほど、"面積"だ」
思わず小さく呟いた。
今までは"流す"ことばかりに意識を向けすぎていた。
だが重要なのは**「どれだけ狭い範囲に収束させるか」**だったのだ。
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「クロエ、流量はそのままでいい。流出口イメージを"できるだけ一点"に集中させる補助をかけてくれ」
《補助制御変更。圧縮誘導モード開始。》
クロエがすぐさま対応を切り替える。
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レンは魔力を腹部から指先へ流す。
ただし今度は、その先端の「出口」を一点に絞る意識を強く持った。
ゆっくりと、だが確実に――
指先の温度が上がり始めた。
《局所温度上昇確認。集中率10%到達。》
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火はまだ灯らない。
だが今までとは明らかに違う反応を感じ取れた。
ラネアが微笑んだ。
「……いい感覚ですわ、レンさん。その調子です」
「……はい。掴めそうな気がします」
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未知の現象に悩み、苦しみながらも――
科学者としての探究心が、また一歩前進し始めていた。