『黒魔女』 第一話:狩りの支度
『黒魔女』 第一話:狩りの支度
東京港区六本木、午前2時。
タワーマンションの高層階。六本木の街を見下ろすガラス窓の向こうは、今日も変わらず闇に沈んでいる。
月も星もない。照らすもののない空が、ただ重たくのしかかっていた。
その部屋の一角、ベランダの脇に設けられた小さな鏡台の前で、黒魔女は淡々と準備を進めていた。
肌は白磁のように滑らかで、肩にかかるセミロングの黒髪がゆるく揺れる。 化粧は念入りにする。美しさは何よりの武器だ。
黒のローブを羽織り、太もものベルトに投げナイフを装着する。腰のホルスターにはダガー。
背中のロングソードはいつも通り。ブーツの中には細いワイヤー装置。
最後に、帽子。
つばの広い魔女帽をゆっくりと頭に被ると、鏡の中の彼女はようやく“狩人”になった。
「……時間」
誰に言うでもなく、ただ呟く。
必要なのは殺す意志と、動く身体だけ。
部屋のドアを開ける。
風がひゅう、と吹き込む。
彼女は躊躇なく廊下を歩き、非常階段の手すりをまたいだ。
「……下らない街」
次の瞬間、黒魔女の身体は、夜の闇に向かって落ちていく。
腰のワイヤーが風を裂き、ビルの壁へと射出される。 空を滑るように、高速で闇を翔ける。
狩りの時間が、始まる。
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