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第97話 また、君に会えるなんて

 ***


 放課後、今日はタナカもカズトもいなかった。ただの一人だった。


 昨日のあの子に、また会えるだろうか――そんな思いを胸に、昨日と同じ場所へ向かった。


 黒い車は今日は停まっていなかった。人の数も昨日と同じくらい。だが、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。


「やっぱり気のせいだったのかな……でも、聞きたいことがあったのに」


 そのとき、不意に両目を温かい手のひらで覆われた。


「さて、私は誰でしょう~?」と、どこか楽しげな声が耳元で囁いた。


 聞き覚えのある声だった。手をそっと外して振り返ると、そこには無邪気な笑顔を浮かべた高宮さんが立っていた。


「えへへ、質問があるんでしょう? 佐々木くん」


 いつもと違って、今日は顔を隠す気配がなかった。大きめのパーカーにダボっとしたパンツ、そしてサングラスこそしていたものの、それでも目立つことには変わりなかった。


 それでも、こんな格好だからといって、質問をやめる理由にはならない。


「なんで、君が有名人だって教えてくれなかったの?」


「だって、私のこと何も聞いてこなかったじゃない」


 彼女は少し不思議そうに、でも素直に答えた。


 たしかに、彼女の職業や素性について、俺からは何一つ尋ねなかった。


「実は昨日の時点では思い出せなかったんだけど、家に帰ったら妹が君のMVをテレビで観ててさ、それで思い出したんだ」


「えっ、妹!? 妹さんいるの!?」


 彼女の顔が一瞬で青ざめた。……何かまずいことでも言ったのか?


「うん、実は二人いる。14歳と12歳だけど……どうかした?」


 その瞬間、彼女は崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込んだ。


 何をそんなに驚いてるんだ……?


「高宮さん? 大丈夫? 何かあった?」


 心配になって声をかけると、彼女はぽつりとつぶやいた。


「お兄様に……他にも妹がいたなんて……」


 よく聞き取れなかったが、とにかく彼女を立たせようと、しゃがんで手を差し出した。


 誰かに見られたらまずい。アイドルが道端で崩れてるなんて、目立ちすぎる。


 彼女は少し驚いた顔をして、ぎこちなく笑いながら立ち上がった。


「ううん、大丈夫。ちょっと驚いただけ。なるほど、それで気づいたんだね」


 もう一度微笑む彼女に、少しだけ安心する。


「うん、そんな感じ。変だよね。クラスではあんなに噂されてたのに、まさか君だなんて思わなかったよ」


 それを聞いた彼女は、なぜか嬉しそうに笑い始めた。


「ふふ、サイン欲しい? あげようか?」


「いや、そういうんじゃなくて……いや、もういいや。それより、なんでここに?」


「え? 私?」


「ここに誰か他にいると思う?」


「ふふっ……やっぱり私のことを言ってたのね。たまたま通りかかっただけよ。……まあ、あなたがまたこの時間に来るってわかってたんだけど」


「また僕に会いに……? どうして?」


 彼女はむっとした表情になって、まるで駄々をこねる子供のように唇を尖らせた。


「なに言ってるのよ、『どうして』って。日本で私の友達って、佐々木くんだけなんだから!」


「えっ……本当に?」


 彼女はまっすぐに僕を見つめて、真剣な顔で頷いた。その言葉をまだ飲み込めないまま、ふと思いついて口を開いた。


「……タカミヤさん、もしよければ、他にも友達を作ってみたい?」


「友達……? うん、すごく欲しい!」

 そう言って、彼女の顔がまるで奇跡でも起きたかのように輝いた。


 でも、彼女の立場を考えると簡単なことじゃない。日本中が注目するアイドルだ。もし誰かに見つかったら――特にパパラッチなんかに――すべてが台無しになってしまうかもしれない。


「……その前に、まずはパパラッチに見つからない方法を考えなきゃ」


「うん、たしかに。でも大丈夫、佐々木くん。こういうときどうすればいいか、ちゃんと分かってるから」


「本当? 本当に大丈夫なの?」


 彼女は余裕の笑みを浮かべ、落ち着いた様子で言った。


「ええ、絶対に大丈夫。……で、いつ私を友達に紹介してくれるの? できれば早く会いたいな。でも、来週はスケジュールがちょっとしか空いてないの〜」


「アイドルって……やっぱり大変なんだね」


「うん、本当に疲れるよ。こんなに大変だとは思わなかった……あ、それと、今年から日本で学校に通おうと思ってるの」


「えっ、本当に? でも、それって大騒ぎになるんじゃ……?」


「最初はね。でもそのうち慣れるよ。今はオンライン授業だけど、つまらなくて仕方ないの。普通の学校に通いたいのよ」


 そう言う彼女の声は、どこか甘くて、それでいて現実的でもあった。すでにその未来をしっかり見据えているような話し方だった。


 ……それなら、僕が止める理由なんてどこにもない。


「それが本気でやりたいことなら、いいと思うよ。きっと、その方が楽しいと思うしね。


 でも……お仕事の時間に影響はない? マネージャーさんが許してくれるのかな」


「ふふっ、その心配も大丈夫。もうマネージャーにも、上の人たちにも話してあるの。全員、賛成してくれたのよ」


「……すごいな」


 そう言ったとき、彼女はズボンのポケットからスマホを取り出して、腕時計をちらっと見た。


「わっ、もうこんな時間! 佐々木くん、また今度ね! リハーサルに行かなきゃ!」


「……あ、うん。じゃあ、また」


 彼女は僕が来た道を逆に駆け出していった。そして、角のところに停まっていた――昨日と同じ、あの黒い車に乗り込んだ。


 ……つまり、あの時から見張っていたってことか。


 僕はしばらくその車を見送った。そして、完全に姿が見えなくなったあと、再び歩き始めた。

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