第97話 また、君に会えるなんて
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放課後、今日はタナカもカズトもいなかった。ただの一人だった。
昨日のあの子に、また会えるだろうか――そんな思いを胸に、昨日と同じ場所へ向かった。
黒い車は今日は停まっていなかった。人の数も昨日と同じくらい。だが、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。
「やっぱり気のせいだったのかな……でも、聞きたいことがあったのに」
そのとき、不意に両目を温かい手のひらで覆われた。
「さて、私は誰でしょう~?」と、どこか楽しげな声が耳元で囁いた。
聞き覚えのある声だった。手をそっと外して振り返ると、そこには無邪気な笑顔を浮かべた高宮さんが立っていた。
「えへへ、質問があるんでしょう? 佐々木くん」
いつもと違って、今日は顔を隠す気配がなかった。大きめのパーカーにダボっとしたパンツ、そしてサングラスこそしていたものの、それでも目立つことには変わりなかった。
それでも、こんな格好だからといって、質問をやめる理由にはならない。
「なんで、君が有名人だって教えてくれなかったの?」
「だって、私のこと何も聞いてこなかったじゃない」
彼女は少し不思議そうに、でも素直に答えた。
たしかに、彼女の職業や素性について、俺からは何一つ尋ねなかった。
「実は昨日の時点では思い出せなかったんだけど、家に帰ったら妹が君のMVをテレビで観ててさ、それで思い出したんだ」
「えっ、妹!? 妹さんいるの!?」
彼女の顔が一瞬で青ざめた。……何かまずいことでも言ったのか?
「うん、実は二人いる。14歳と12歳だけど……どうかした?」
その瞬間、彼女は崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込んだ。
何をそんなに驚いてるんだ……?
「高宮さん? 大丈夫? 何かあった?」
心配になって声をかけると、彼女はぽつりとつぶやいた。
「お兄様に……他にも妹がいたなんて……」
よく聞き取れなかったが、とにかく彼女を立たせようと、しゃがんで手を差し出した。
誰かに見られたらまずい。アイドルが道端で崩れてるなんて、目立ちすぎる。
彼女は少し驚いた顔をして、ぎこちなく笑いながら立ち上がった。
「ううん、大丈夫。ちょっと驚いただけ。なるほど、それで気づいたんだね」
もう一度微笑む彼女に、少しだけ安心する。
「うん、そんな感じ。変だよね。クラスではあんなに噂されてたのに、まさか君だなんて思わなかったよ」
それを聞いた彼女は、なぜか嬉しそうに笑い始めた。
「ふふ、サイン欲しい? あげようか?」
「いや、そういうんじゃなくて……いや、もういいや。それより、なんでここに?」
「え? 私?」
「ここに誰か他にいると思う?」
「ふふっ……やっぱり私のことを言ってたのね。たまたま通りかかっただけよ。……まあ、あなたがまたこの時間に来るってわかってたんだけど」
「また僕に会いに……? どうして?」
彼女はむっとした表情になって、まるで駄々をこねる子供のように唇を尖らせた。
「なに言ってるのよ、『どうして』って。日本で私の友達って、佐々木くんだけなんだから!」
「えっ……本当に?」
彼女はまっすぐに僕を見つめて、真剣な顔で頷いた。その言葉をまだ飲み込めないまま、ふと思いついて口を開いた。
「……タカミヤさん、もしよければ、他にも友達を作ってみたい?」
「友達……? うん、すごく欲しい!」
そう言って、彼女の顔がまるで奇跡でも起きたかのように輝いた。
でも、彼女の立場を考えると簡単なことじゃない。日本中が注目するアイドルだ。もし誰かに見つかったら――特にパパラッチなんかに――すべてが台無しになってしまうかもしれない。
「……その前に、まずはパパラッチに見つからない方法を考えなきゃ」
「うん、たしかに。でも大丈夫、佐々木くん。こういうときどうすればいいか、ちゃんと分かってるから」
「本当? 本当に大丈夫なの?」
彼女は余裕の笑みを浮かべ、落ち着いた様子で言った。
「ええ、絶対に大丈夫。……で、いつ私を友達に紹介してくれるの? できれば早く会いたいな。でも、来週はスケジュールがちょっとしか空いてないの〜」
「アイドルって……やっぱり大変なんだね」
「うん、本当に疲れるよ。こんなに大変だとは思わなかった……あ、それと、今年から日本で学校に通おうと思ってるの」
「えっ、本当に? でも、それって大騒ぎになるんじゃ……?」
「最初はね。でもそのうち慣れるよ。今はオンライン授業だけど、つまらなくて仕方ないの。普通の学校に通いたいのよ」
そう言う彼女の声は、どこか甘くて、それでいて現実的でもあった。すでにその未来をしっかり見据えているような話し方だった。
……それなら、僕が止める理由なんてどこにもない。
「それが本気でやりたいことなら、いいと思うよ。きっと、その方が楽しいと思うしね。
でも……お仕事の時間に影響はない? マネージャーさんが許してくれるのかな」
「ふふっ、その心配も大丈夫。もうマネージャーにも、上の人たちにも話してあるの。全員、賛成してくれたのよ」
「……すごいな」
そう言ったとき、彼女はズボンのポケットからスマホを取り出して、腕時計をちらっと見た。
「わっ、もうこんな時間! 佐々木くん、また今度ね! リハーサルに行かなきゃ!」
「……あ、うん。じゃあ、また」
彼女は僕が来た道を逆に駆け出していった。そして、角のところに停まっていた――昨日と同じ、あの黒い車に乗り込んだ。
……つまり、あの時から見張っていたってことか。
僕はしばらくその車を見送った。そして、完全に姿が見えなくなったあと、再び歩き始めた。




