第95話 初めてのチョコレート作戦
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一方その頃、ミナミくんが高校を出たあと――
私は彼の友達に、少しの間だけ一緒にいてくれるよう頼んでいた。実は、彼を一人にしたくなかったの。
私たちも今から出かけるところだった。あとは陽葵ちゃんが戻ってくるのを待つだけ。彼女は裏の物置に何かを取りに行っていて、もうすぐ帰ってくるはずだった。
私は右側を振り返った。隣ではユメとよし子がスマホに集中していた。少し先には、陽葵ちゃんの姿が見えてきた。もう上履きは履き替えていたので、あとは彼女を待つだけだった。
間もなく、陽葵ちゃんも準備を終えて、私たちは歩き出した。 ……とはいえ、私はまだ行き先を知らされていなかった。でも、どうやら彼女たちはもう決めていたようだ。
「ねえ、まだ行き先を教えてもらってないんだけど?」
そう言うと、皆が後ろを振り向いた。まるで、その質問をされるとは思ってなかったかのように。
「リョウコ、まさか近づいてる日も、今日クラスの女子たちが話してたことも知らないとか?」とユメが少しあきれたように言った。
そういえば……私はてっきり違う話かと思ってた。最近は一緒に過ごす時間も減ってたから。でも、そうか、バレンタインのことだったんだ。
「……ああ、やっぱりそうだったんだね。ありがとう、みんな。まさか、こんなことしてくれるなんて思ってなかったよ」
そう言うと、ユメは微笑んで私のそばに寄ってきた。
「さあ、みんなで歩こう。佐々木くんが好きそうなもの、探してみようよ」
その言葉に少し安心して、私は彼女たちの横に並び、学校を後にした。
正直、チョコの作り方なんて全然わからない。だから、まずはレシピ本を買おうって決めてた。
てっきり書店かどこかに直行するのかと思っていたら、意外な場所の前で足が止まった。
――カラオケ?
「えっ、みんな……ここって……?」と驚いて尋ねた。
なんでカラオケなのか理解できなかった。でも、ユメは穏やかな顔で言った。
「リョウコ、ちょっとだけ楽しく過ごして、それから作戦会議だよ。いいでしょ?」
少し戸惑ったけど、もしかしたら有益なアドバイスをくれるかもしれない。
やってみなければ、彼女たちが何を考えているのかもわからない。
「わかったよ、ユメちゃん。お誘い、受けるね」
私の返事に、ユメは小さく飛び跳ねて喜んだ。まるで、この一言をずっと待ってたかのように――あるいは、私の迷いを読み取っていたのかもしれない。
……でも、よく考えたら、恋人がいない彼女たちがどんなアドバイスをくれるのか、少し疑問だった。
別に見下してるつもりはない。ただ、本気で悩んだり、誰かと付き合った経験はきっとないはずだから。
それでも、私たちは個室に入り、彼女たちはさっそく準備を始めた。
ジュースやお菓子、いろいろなものを買い込んでいて、ユメとよし子はテンション高く歌い始めた。
その間、陽葵は私の隣に座っていて――そして、少しずつ距離を詰めてきた。
何かを話したそうにしていた彼女は、やがて視線を落とし、ぽつりと口を開いた。
「アドバイス……欲しい? あまり役に立たないかもしれないけど、できる限り力になりたいの。たぶん……彼らがどう感じてるのかってこと、私なりに調べてみたから」
「調べたって……?」
「うん。前から気になってたの。男女の違いって、どんなところにあるのかなって。たとえば……行動の違いとか」
「なるほどね、なるほど。確かに、ミナミくんのことをもっと知るにはいいかもね」
私も自然と笑顔になって、少しわくわくしてきた。 陽葵ちゃんも同じ気持ちだったのか、目を輝かせながら調べたことを話してくれようとしていた。
そんなふうに、楽しくて静かな時間が流れていった。 気がつけば、もう夜になっていた。
駅前で、よし子とユメに別れを告げたあとも、陽葵ちゃんは私のそばにいてくれた。 だから、この機会を使って、ずっと考えていたことを実行することにした。
そう、本を買うこと――バレンタイン用のチョコレートを作るためのレシピ本。
今一番大事なのは、「何を作るか」と「何が必要か」を考えること。 そして、それにぴったりの本を選ぶことだった。
「陽葵ちゃん、ちょっと付き合ってくれない?」
彼女はすぐに頷いた。
「もちろん! どこに行くの?」
「本屋さんに。すぐに終わるから」
彼女はすぐに理解してくれて、私たちは一緒に書店へと向かった。
店内に入ってすぐ、目の前にはたくさんのマンガが並んでいた。 陽葵ちゃんは入り口で待つかと思っていたけど、意外にも中まで一緒に来てくれた。
彼女と並んで、私は料理本の棚を見て回った。 思っていた以上に種類が多くて、どれを選べばいいのか迷ってしまったけれど――
最終的に、評価が高くて説明も丁寧な、ちょっと上品でクラシックな一冊を選んだ。 見た目も大きくて、まさに「特別な一冊」って感じだった。
これで第一段階はクリア。本は手に入れた。 次は中身を読んで、材料と作り方を覚える。 最後は――実際に作ってみる。
完全に覚悟はできていた。だけど……家に帰ってから、本を開いてみると、どこから始めればいいのか分からなくなった。
想像以上のレシピの数に圧倒されそうだった。
みんなに渡す分も作りたかったけど、やっぱり一番は――ミナミくんのため。
きっと喜んでくれる……そんな気がした。
でも――ふと思い出した。大晦日のあの言葉。
『「別に大好きってほどじゃないけど……まあ、好きっちゃ好きかな」』
それを思い出すと、あまりたくさん作っても逆に困らせるかもしれない、って思ってしまった。
それでも――せっかくだし、この機会にいろんなレシピを覚えたい。 たとえ夜遅くまでかかっても、きっと意味があるはず。
そう決めて、私は机に置いたレシピ本を開いた。 部屋の明かりを消して、デスクライトだけをつけた。
そして、私は始めた。




