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第91話 そばにいてくれて、ありがとう

 俺は引き続き写真を眺めていた。時間が経ち、気づけばもう一時間ほど経っていた頃――

 リョウコがゆっくりと体を起こし始めた。


 彼女はまだ眠たそうに、俺のいる方へ顔を向けながら、ぼそっとつぶやいた。


「ミナミ……ダーリン、そこにいるの?」


 ……え? い、今なんて?

 まだ半分寝てる感じだったけど、今の「ダーリン」って、マジで?急にどうした……?


 しばらくして、彼女ははっとしたように驚いた表情を浮かべ、勢いよくベッドから起き上がった。


「ミナミくん、いたの? も、もしかして……今の、聞いてた?」


 真っ赤になったその顔は、本当に可愛くて見飽きることなんてない。

 ……正直、こんな子が俺の彼女であることをちょっと誇りに思ってる。

 でも、こんなとき、どう返せばいいんだろうな。


 ――よし、名案が浮かんだ。


「え? 何か言ってた?」


 そう、知らないふりをしてやり過ごす作戦だ。完璧だろ。


「ほ、本当にミナミくん、聞いてないの?」


 彼女はベッドから降りようとし始めた。俺はすぐに焦った。

 今の状態で無理して転んだら、大変なことになる。


「リョウコ、無理しないで。まだちゃんと治ってないんだから、動かない方がいい」


 だが彼女は、そのままこちらへ歩み寄ってくる。

 その足取りは少しふらついていて、俺はとっさに体を動かし、なんとか転ぶ前に支えた。


 気づけば、床の上に俺が倒れ、その上に彼女がのしかかる形になっていた。


 体温はさっきよりも少し落ち着いているようだが、それでもまだ熱っぽい。

 ばさっと広がった髪が俺の胸元にかかり、俺はそのまま耐えるしかなかった。


「まったく……少しはベッドで大人しくしてくれよ……」


 彼女は顔を上げ、熱か羞恥か分からない真っ赤な頬のまま、俺の肩へゆっくりと顔を寄せてきた。


(リョウコ、頼むから……ベッドに戻ってくれ……)


「ミナミくん……キスしたい……っていうかさ、どうしてミナミくんってこんなにイケメンなのよぉーっ!」


「え、俺が……イケメン? ていうか、今そんなこと言ってるけど、お前まだ熱あるじゃん? そういうのは元気になってからにしようぜ?」


 まるで聞こえてないかのように、彼女は俺の上で動かずに、ますます近づいてくる。

 明らかに調子は戻ってない。汗も出てきてるし、体も熱を持ち始めている。


「ミナミくん……どうしてダメなの? もう……だいぶ良くなったんだよ?」


 いや、全然良くなってないよ。むしろちょっと危ない状態だって。

 これはちゃんとベッドに戻さないと……。


 そう考えた俺は、とっさに彼女を抱きしめた。


 熱はだいぶ落ち着いてきているとはいえ、彼女の身体はやはりまだ弱っていて、顔も少しぼんやりしている。

 こんなときに変なことなんて絶対できない。

 ……だからこそ、俺にできる唯一の選択肢は、こうして抱きしめて落ち着かせることだけだった。


 案の定、リョウコは徐々に大人しくなっていき、しだいに落ち着きを取り戻していった――


「ミナミくん、なにが起きてるの……?」


 驚いた声でそう言ったリョウコは、本当にびっくりした様子だった。


「いや、なんでもない。ただ……ちょっと君のぬくもりを確かめたくなっただけ」


 ……完璧な言い訳だった。これ以上に自然な流れはないはずだ。


 彼女も、俺の声が落ち着いているのを感じたのか、今度は自分から俺を抱きしめてきた。


「ミナミくん、あったかいね……」


 穏やかな笑みを浮かべながら、リョウコはそう呟いた。


 彼女の温もり――いや、リョウコ自身が本当に温かい存在だって、俺は改めて感じた。


 しかし、その時――

 突然、扉がバンッと大きな音を立てて開かれた。


「何かあったの? 音が聞こえたから急いで来たんだけど……」


 扉の向こうから現れたのは、真剣な表情の誰かだった。

 最初は少し驚いた様子だったが、俺たちの姿を見て数秒固まった後、気を利かせたようにゆっくりと扉を閉めようとする。


「ごめんね、お邪魔だったみたい。……大事な時間だったのね」


「ち、違うんだ、これは別にそういうんじゃ――」


 俺が必死に否定しようとした、その時。


 リョウコが俺の口を手でふさいできた。


 その表情は少し照れているけれど、さっきまでの熱に浮かされたような様子とは違い、目にしっかりとした意志が宿っていた。


「もう少しだけ、こうしててもいい? ミナミくん……」


 その声は静かで、それでいて少しだけ艶っぽかった。

 まるで、意識がはっきりしていて、自分の気持ちをはっきり伝えているような――そんな感じだった。


 ……リョウコ、本気で言ってるんだな。


 俺の口を塞いでいた手がゆっくりと離れ、今度は俺に返答を促してくる。


「……まぁ、少しだけなら。でも一つ、条件がある」


「条件?」


「満足したら……ちゃんとベッドに戻ってくれ。熱がぶり返したら困るからな」


 彼女は笑顔でうなずいた。


「……うん、約束する」


 そして、また俺に抱きついてきた。

 さっきよりも強く、まるで何かを求めているような力強さだった。


(こんなに求められてる……リョウコが、元気な時もこうだったら……)


 そんなことを思いながらも、しばらくそのままの体勢を続けていた。

 リョウコはずっと俺を離そうとしなかった。

 俺もすでに落ち着いていたけど、彼女がそこまで求めてくる理由が分からなかった。


(もしかして、何かあるのか?)


 そんな不安がよぎる中――


 ……ふと、静寂の中で、小さな「すーっ」という寝息が聞こえた。


(まさか……寝ちゃったのか? 俺に抱きついたまま……?)


(なんでこんなこと……いや、きっと疲れてるんだな)


 俺は、まるで子どもをあやすように、彼女の髪を優しく撫でた。


「おやすみ、リョウコ……」


 すると、寝たままのリョウコが、小さく呟いた。


「……ありがとう、ミナミくん……嬉しいよ……」


 夢の中でも、俺に感謝してるのか。

 なんだか、胸がぽかぽかしてきた。


 ***


 ……それからしばらく、俺は眠れなかった。

 リョウコの胸の感触がずっと当たっていて――

 どんなに考えないようにしても、気づけばそのことで頭がいっぱいになっていた。


 このままじゃ、いつか俺も他の男子みたいなスケベになっちまうかもしれない――

 そんなこと、俺は絶対に望んでない。

 そんな風になったら、きっとリョウコをきずつけてしまうだろう。

 だから、俺はそうならないと心に決めていた。


 けれど、その後、彼女は少しずつき上がってきて……

 起き上がりきる前に、俺のほうへ顔をせてきた。


 何かをわかっていてやっているのか、俺は動けなかった。

 そして――ほおに、キスされた。


 まるで「ありがとう」と伝えるみたいに。

 本当の理由はわからないけど、それが一番しっくりくる。


 その後、彼女はベッドから完全に起き上がって、ぐーっと体をばす。


「はぁー、なんか元気が戻ってきた気がする」


 まるで完全回復したかのように、力強い姿に戻っていた。


 そして、俺を見下ろすように見つめてから、突然顔を真っ赤にして、ずかしそうにそっぽを向いた。


「あぅ……やだ、私、きっと変なことしたよね……」


 そのままベッドに戻っていき、まくらに顔をうずめながら――


「恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……」


 と、何度も繰り返していた。


(さっきまで、ちゃんと意識があったんじゃなかったのか?)


 そう思いながら、俺はゆっくりと起き上がり、彼女の様子を見守った。


「リョウコ……何かあったのか?」


 彼女はゆっくりとこちらを向いて、小さな声で答える。


「……さっき、ようやく思い出したの。私が今日、ミナミくんに何を言って、何をしたのか――」


「思い出した? どういう意味?」


 彼女は顔をそむけながら、ぽつりぽつりと語り始めた。


「その……キスしようとしたり、変な言い方でさそったり、本当にダメだよね……。

 一緒に寝ようとか、変な気持ちもあったし、さっきも無理やりキスしようとして――」


「気にしなくていいよ。君の体調たいちょうわるかったって分かってたから、真に受けたりはしてないし。

 それに……まだ俺たち、付き合い始めたばっかりだし、色々なことがきゅうだったよな。

 でも、今はちょっと落ち着いて、つぎのステップはゆっくりんでいけばいいと思う。

 ……まぁ、君も本気でそんなことするつもりはなかったよね?」


「うん、わかってる……。

 でもね、こんなこと、今まで一度もなかったの。

 私は……本当に初めてなの。ミナミくんが……好きになった人で、初めて付き合った人で……

 そして、こんな風になったのも、初めてで……」


 彼女は言葉を選びながら、続けた。


「昔は、病気になったとき、ただイライラしてばかりだった。

 でも……お姉ちゃんがそばにいてくれたから、安心できたんだ。

 それでも、私はおこってばかりだったけど、感情かんじょうによって、いろんなことが起きてた気がするの」


(……なるほど、それが優衣さんや春姫さんの言ってたことか。

 リョウコの感情が、体調に影響するってことなのか……?)


 そんなことを考えていたら、リョウコはベッドのはしこしを下ろし、足を床にろした。


「……優衣にも、見られちゃったんだよね。あの状態の私」


 俺は、黙ってうなずいた。


(これは、誰にも言わせないようにしないと……)


「……どうしよう……彼女が誰かに話したら……私、もう恥ずかしくて死にそう……」



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