第84話 願い事は、まだ秘密
リョウコの携帯を取り、代わりに自分の携帯を彼女に渡した。それぞれが相手の着信に応えるという合図のように。
最初に話し始めたのは俺だった。電話の向こうでは春姫さんの声が高めのトーンで始まったが、そこまで大きな声ではなく、どこか控えめだった。
「リョウコ?どこに行ってたの?ミナミくんのこと、何か分かってる?もし分かってなかったら……」
その声の不安を感じ取り、俺はその瞬間、彼女の言葉を遮って説明を始めた。
「リョウコのことは心配しないで、大丈夫だよ。ただ、ちょっと用事で遅れただけだから、気にしないで」
「ミナミくん?じゃあリョウコは本当に無事なのね?ああ、教えてくれてありがとう。でも、お願いだから早く戻ってきてね」
「うん、あと数分で着くと思うよ」
春姫さんと話がまとまり、電話を切ったあとで後ろを振り返ると、リョウコはまだ美翔と話していた。やるべきことは済ませた。あとは皆のところへ戻るだけだ。
「リョウコ、美翔には『今から向かう』って伝えて、それで電話切って」
リョウコは少し驚いた顔を見せたが、すぐにうなずいた。まるで俺が言いたかったことをちゃんと理解したように。
そして少しして、彼女は美翔との会話を終えたようだった。今では、少し興奮した様子にも見えた。
その後、美翔がリョウコに伝えた集合場所へと、俺たちは歩き始めた。
◇◆◇◆
到着した時には、皆は本堂の前で俺たちを待っているようだったが、それと同時に、和やかに話をして楽しそうにしていた。
少し近づいた時、俺たちの存在に気付いたのか、声をかけてきた。
「ちょっと、どこまで行ってたのよ。いつの間に抜け出したの?」と、茜が俺たちを叱るように言った。
まあ、無言でいなくなったら、そりゃ心配されるよな。
「ごめん、ちょっと大事なことしてて、戻るのが遅れちゃったの」と、俺が言おうとしたところでリョウコが先に口を開いた。
「もういいじゃない茜、たぶん二人で少しだけ話したかったんだよ、だから離れたんでしょ?」と美翔が茜の肩に手を置きながら言った。
春姫さんもうなずいていた。まるで美翔が核心を突いたように。
そして他のみんなも、その言葉に納得したようにうなずいた。
「さて、じゃあ何を待ってるの?初詣の参拝に行こうよ!」と、田中が元気よく言った。
本堂がすぐ隣にあったので、みんなで中に入った。
「ユメさん、お線香の袋持ってるよね?」と、川木さんが尋ねた。
「大丈夫、ちゃんと持ってるよ」
みんなで一緒に参拝を終えたあと、それぞれが自分の線香を取り、火をつけて煙を自分の方へ仰ぐ。煙には浄化や癒しの力があると信じられているからだ。
癒
その後は、おみくじを引くことに。みんな、概ね良い結果だったみたいだけど……俺のは違った。『凶』。仕方なく、神社に設けられた場所にくくりつけることになった。
俺の『凶』を見て、リョウコはまるで子供のように俺をからかいながら、自分の良運を自慢していた。その時だけは、彼女のその様子を俺だけが見ていた。
そんな風に安堵しながら、みんなで本堂を後にした。リョウコが何を願ったのか気になったが、その態度を見るに、きっと良い願い事だったんだろう。
「ミナミくん、何をお願いしたのか教えてくれる?」
「……んー、それって言うべきかな?」
みんなの後ろを歩きながらなら、落ち着いて話せる。彼女はなぜか、俺の願いにすごく興味を持っていた。
「どうしてダメなの?じゃあ、代わりに私の願いのヒントを一つあげる」
「ヒント一つで、俺の願いを全部教えるの?」
それが少しずるいと思ったのか、彼女は無理に押さずに、すぐに提案を変えてきた。
「じゃあさ、ミナミくんがヒントをくれたら、私もヒントをあげる。それでいい?」
「まあ、ヒントならいいか。じゃあ、俺から。俺の願いは、良い運に関すること。でも、自分だけのためじゃない」
「ミナミくん、それってほとんど願いを言ったようなものじゃん。ありがと、ミナミくん。じゃあ、私の番ね。
私も似たようなお願いをしたよ。でも、もう一つ願い事があって、それはまだ秘密」
リョウコの顔は少し赤くなったように見え、視線を逸らしていた。なんで急に恥ずかしそうにするんだろう、よく分からない。
「そうか。実は俺ももう一つお願いしたけど、それはまだ言えない。もし叶ったら、その時に教えるよ」
リョウコが再び何かを聞こうとしたその時、春姫さんが後ろから声をかけてきた。
「ねえ、みんな、もう少しだけ残らない?もちろん、眠いなら帰ってもいいけど、どう?」
みんながうなずく中、一人だけ迷ってる様子の直人。眠気が限界に近かったようだが、春姫さんの声に少し目を覚ましたようだった。
みんなが返事をする中で、リョウコと俺だけがまだだった。まず先にリョウコが答えた。
「うん……私はもう少しだけいたい。まだ大丈夫だから」
落ち着いた顔でそう言ったリョウコは、すぐに俺を見つめる。まるで俺の返事を待ってるようだった。
実のところ、眠くなってきていた。夜更かしには慣れていないからだ。でも、もう少しだけなら耐えられるだろう。
「うん、俺ももう少しなら大丈夫」
俺の返事を聞いて、リョウコは控えめに微笑んだ。春姫さんが、再び声をかける。
「よし、じゃあ決まりだね。みんな、寝ないでね〜!」
春姫さんのように元気な子にしては、こうしてみんなを励ますのは当たり前のようだった。
でも、その元気さの中でも、時間は過ぎていく。
例えば、お守りを買ったりするのもその一つ。
実はその時、他の子たちは別の屋台に行っていて、そこにいなかったのは川木さんとリョウコと俺の三人だけだった。俺たちはある小さなお店で立ち止まっていた。
そこで、川木さんがリョウコに何かを耳打ちする。まるで作戦のように……でも、それだけじゃなかった。