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第82話 過去の偶然

「お姉ちゃん、会えてよかった。森で(まよう)っちゃって、どうやって戻ればいいか分からなかったの」

 少女は驚いたようにそう言った。


「そう…じゃあ、彼があなたを森から助けてくれたの? それに足首を怪我したみたいね。どうしてそんなことに?」


「えっと…彼が助けてくれたの。とにかく、お姉ちゃん、早く帰ろう。パパとママがもっと心配する前に。」


 少女は再び立ち上がったが、足の(いたい)みに耐えるように苦しそうにしながら、姉と一緒に歩き始めた。

 そして、俺に何も言わずに、どんどん遠ざかっていった。


 ……が、その数歩後、彼女は突然立ち止まり、こちらへと駆け寄ってきた。


 まさか、と思ったが、俺にお礼を言うだけかと思いきや——

 彼女はにっこりと笑いながら、ほんのり赤く染まった頬で、俺の頬にキスをした。


 その(しゅん)間、俺の顔も思わず熱くなった。こんなことは初めてだった。


 そして、彼女はそっと距離を取り、微かに聞こえる声で俺に微笑んだ。


「助けてくれてありがとう、ミナミくん。まだうまく歩けないけど、さっきよりずっと元気だよ。またいつか会えるといいね。」


 俺は驚きすぎて、何が起きているのか理解できなかったけど……

 なぜか、その言葉の意味だけはちゃんと伝わってきた。


「またね、ミナミくん。」


 彼女はそう言って手を振りながら、遠ざかっていった。


 ***


「あれが、彼女を見た最初で最後の日だった。名前すら教えてもらえなかったけど……今でもあの時のことは忘れられない。

 ……それに、姉の方とも、あれ以来一度も会えなかった。」


「じゃあ、あの日、私を助けてくれた男の子って……ミナミくんだったのね。」

 リョウコは穏やかでどこか懐かしそうな笑みを浮かべて言った。


 だが俺は、その言葉をちゃんと聞いていなかった。まだあの日の記憶に囚われていたのだ。


 我に返って、彼女に問いかけた。


「どうしたんだ、リョウコ?」


 リョウコは、俺が聞き漏らしていたことに気づいたのか、何も言わず、ただ首を横に振って答えた。


「ううん、なんでもないよ。」


 そう言いながら、隣で歩き続ける彼女はどこか思い詰めたような顔をしていた。

 俺の話が逆に気にさせてしまったのか、それとも……


「……八年前の少女に嫉妬してるのか?」

 気づけば、そんな言葉が口を突いて出ていた。


 リョウコの顔は青ざめはしなかったが、視線を泳がせながら、くすっと笑った。


 周りに知り合いがいないことを確認すると、彼女は俺の手をぎゅっと強く握り、

 人目の届かない場所へと俺を引っ張っていった。


「ミナミくん、少しだけ、付き合ってくれる?」


 まもなく日付が変わるころだった。彼女に渡すつもりだったあのネックレスも、今なら……


 彼女の真剣な様子に、さっきの出来事が急に意味を持ち始めた。

 何か大事なことを……見落としていたのかもしれない。


 ……そうだ、あのとき、頬にキスをされたあと——

 彼女は確かに俺の耳元で、名前を(ささやく)いていた。そして——


 ***


「私の名前は沢渡リョウコ。ちゃんと覚えてて。忘れないでね。いつか、また会えるから。」


 ***


「……沢渡リョウコ?……ちょっと待って……じゃあ、あの時の子って……君だったのか?」

 信じられないという表情で俺はそう言った。まさか、あの時出会った少女がリョウコだったなんて、本当に信じられなかった。


「もう、信じられない……私が名前を教えてなかったなんて言ったの、覚えてないの? もしかして、あの瞬間のこと忘れてたんじゃない?」

 リョウコはツンとした口調で言ったかと思えば、すぐにあの優しい笑みを浮かべた。

「で? どうして思い出せたの?」


「いや、実はね……あの日、君が耳元で囁いてくれた言葉を思い出したんだ。」


「そう、そうなのね。思い出してくれて本当に嬉しい……あの時、絶対に忘れないでって言ったでしょ? ……でも、ちゃんと覚えててくれて、ホッとしたよ。」


「ごめんごめん。でも、また会えて本当に嬉しいよ。あ、そうだ、黒髪のあの女の子……お姉ちゃんって呼んでたけど、まさかとは思うけど……」


「うん、あれは姉さん。あの頃は髪を染めるのが好きだったからね。」


「なるほど……なんとなく、言動が似てるなって思ってたんだ。」


 その時、ようやく心が落ち着いてきた。

 そして、彼女が嫉妬していたかもという俺の勝手な思い込みも、きっぱりと否定された気がした。


 だがその後、ふと会話が途切れ、気まずい沈黙が訪れた。何を話せばいいのか分からずにいると、彼女の方から再び口を開いた。


「それでね、さっきの続きだけど……本当は、君に聞きたいことがあるの。」


 落ち着いた声でそう言った彼女だったが、俺がすかさず口を挟んでしまった。


「え? さっきのがその質問かと思ってたけど?」


「違うわよ、それは質問っぽく言ったけど、全然違うから。今からが本番。」


「わかった、わかった。じゃあ、聞いてくれ。日付が変わる前にな。俺も言いたいことがあるから。」


「まずは――…………」


 だが、彼女の言葉はなかなか続かなかった。何かをためらっているようだったので、俺は軽く促した。


「『まずは』……何?」


「う、うん……これは仮の話だけど、正直に答えてくれればそれでいいからね?」


 顔が真っ赤になっていた。理由は分からなかったが、彼女の性格を考えれば、きっと言いにくいことなのだろう。


「うん、もちろん、ちゃんと答えるよ。」


「じゃあ……その……もし、うちの親たちが昔から知り合いで、私たちの関係を見て……「二人を婚約させよう」って言い出したら、ミナミくんはどうする?」

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