第77話 二人だけの時間
目をやると、川木さんが美翔と春陽さんと一緒に、少し離れた場所でこちらを見て立っていた。その姿を確認した直後、茜が静かに歩み寄ってきた。
「お兄さん、ユメさんと一緒にどこ行ってたんですか? 探しましたよ?」
心配そうな表情を浮かべて、茜はそう問いかけてくる。
彼女が僕のそばまで来る前に、僕はその質問に対して少し好奇心を込めて答えた。
「どういう意味? リョウコには少し遅れるって伝えておいたよ。ちょっと買いたい物があったからさ」
「それならいいんですけど……それにしても、すごく頑張ったんですね」
そう言って彼女は僕の背後に回り、背中をぐいっと押し始めた。
「ほら、お兄さん、リョウコ姉が待ってますよ?」
──待ってる? どこで?
頭の中に浮かんだその疑問を言葉にしようとしたけど、茜にそう言われてしまっては、何も言えなくなってしまった。ただ、そのまま彼女に引っ張られるように歩き出す。
そうして僕たちは、川木さんたちのもとへ向かった。誰も何も言わなかった。おそらく、彼女たちはもう、僕がリョウコと話したことを知っているのだろう。
こうして再び皆と合流した。男子たちも近くにいて、神社まではまだ少し距離がある。年明けまでには、あと四時間──それまでに、あれを彼女に渡したい。
それが今の僕の計画だ。だがそのためには、彼女とふたりきりになれる時間を作らないといけない。……彼女たちにこのことを相談すべきだろうか?
──いや、今はまだ話すべきじゃない。タイミングは後でいい。今は、まだ黙っておこう。
そんなことを考えていたとき──
「おい、けっこう遅かったな。何か見つけたのか?」
背中を軽く叩かれる感触とともに、カズトの声が聞こえてきた。
気づけば、茜はもう僕を押していなかった。自然と、自分ひとりで歩いていたらしい。そしてカズトの言葉を頭の中で整理してから、僕は落ち着いた声で答えた。
「うん、見つけたよ。あとは、それを渡すタイミングだけだ」
そう言いながら、ふと後ろを振り返る。茜たちに聞かれていないか気になったが、彼女たちは少し距離を取っていた。よかった。
「へぇ、なるほどな。……お前がそんなふうになるとは思ってなかったよ、ミナミ」
「ん? どういう意味だ?」
彼の言葉に少し戸惑う。……今の僕は、彼らにどう映っているんだろう?
「いや、お前ってさ、今まさに恋してる男って感じなんだよ。こういうことする男なんて、雑誌の中にしかいないと思ってたし、俺もやったことないし。ていうか、俺、今まで彼女できたことないし」
カズトがそう言い終える前に、タナカが近づいてきて、彼の言葉を遮った。
「つまり、『彼女できたことないし、雑誌で見ただけ』ってことだろ……まあ、俺も同じだけどな。彼女できたことなんて一度もない。でもさ、ミナミ。お前のこと、本当に嬉しく思ってるよ」
その声には、どこか羨ましさと懐かしさが混じっていて、妙に心に染みた。その空気に包まれて、僕の気持ちも穏やかになっていった。
そしてタナカは僕の反対側に立って、こう続けた。
「なあミナミ、川木さんのこと、ちょっと手伝ってくれないか? 色々頑張ってるんだけど、全然うまくいかなくて……」
その言葉を最後まで聞く間もなく、少し離れた場所から川木さんの声が響いてきた。
「誰であろうと、付き合うつもりはありません。そういう気持ちを持ってる人がいたら、今すぐ忘れてください」
──……もしかして、聞こえてた? いや、きっと聞こえてたんだ。
タナカはうつむいたまま、顔を真っ赤にしていた。僕とカズトは視線を落としながら、同時に呟く。
「告白する前にフラれたな……」
それでも僕たちは歩き続けた。川木さんには、誰も勝てる気がしない。それが、僕たちの出した結論だった。なんだか少し可笑しくて、思わず笑ってしまった。
──彼女は誰とも付き合わない。それが彼女の物語。僕はただ、その物語の外から見守るだけ。遠くからも、近くからも。
そうして、ついにリョウコたちの元にたどり着いた。あとは、彼女とふたりきりになるだけだ。
桜さんが手を挙げて、「こっちだよー、早くー!」と手を振っている。
僕たちはそのまま合流し、再び皆で歩き出した。人混みの中で、僕はリョウコのそばに寄り、そっと手を取る。
「迷子にならないように」──そんな口実で。
「ねえ、結局どこ行ってたの? ずいぶん遅かったから、ちょっと心配になっちゃったよ」
──リョウコが僕を心配してくれるなんて。そんな必要なかったのに。ちゃんと戻ってくるって言ったんだから……まあ、実際は遅くなったけど。
「ごめん、ちょっと買い物してて……その後、トイレ行ってたんだ」
──ごめんね、リョウコ。今はまだ言えないけど、後で後悔させたりしないから。そのときまで、少しだけ待っていて。
「嘘ついてるでしょ、ミナミくん。でも、それにはきっと理由があるんだよね。あなたがそんなことするなんて珍しいもん。だから、話してくれるまで待ってるよ?」
彼女は微笑みながらそう言った。その笑顔に、僕はただ驚いた。
──え、なんで分かったんだ? いつも通りのつもりだったのに……もしかして、顔に出てたのか?
「どうしたの? ミナミくん。……もしかして、『なんで分かったのか』って考えてる?」
彼女はまだ僕の手を離していなかった。さっきよりも、ほんの少しだけ積極的だった。
唇が触れそうな距離まで顔を寄せて、でもどこかからかうような口調でささやく。
「理由は二つあるんだけど……教えてあげるのは一つだけ。それはね、質問に対する返事が遅かったから。ほんの少しの間だけ、頭が真っ白になってたよ」
そう言って、彼女は僕の唇の近くから、ふっと距離を取った。
──そんな方法で見抜くなんて……やっぱりリョウコはすごい。
でも、今はそれ以上考えている時間はない。彼女が僕に、このチャンスをくれた。この手を離さずに、ちゃんと伝えよう。全部、僕の気持ちを──




