第66話 マリーと時を超えた少女
彼女たちがその国の空港に到着してから、すでに数時間が経っていた。到着して以来、何も食べておらず、時間もすっかり午後になっていたため、二人は小さなレストラン風の屋台に立ち寄り、席について注文をすることにした。
ちょうど注文を済ませた直後、マリーの視線が落ち着かなくなってきた。どこか居心地の悪そうな様子が見え始める。
「どうかしたのか?」と山田さんが自然な口調で尋ねる。
「えっと……実は、トイレに行きたくて……」マリーは少し頬を赤らめながらそう答えた。
山田さんは軽くため息をついて、頷いた。
「わかった、行っておいで。ここで待ってるよ。」
マリーは感謝するように小さく頷き、その場を離れた。
トイレに向かって歩きながら、彼女は目を閉じた。それはまるで、深く思考に沈むような仕草だったが、実際にはそうではない。
彼女は誰かと“通信”していた。声を出すことはなかったが、その思考は言葉のように脳内に響いていた。
誰もいないトイレに入ると、個室の一つに入って蓋を閉め、その場にじっと立ち尽くした。
『こちら、マリー・フィールズウェア。川城白鳥、聞こえますか?』
すると、まるで魔法のように、もう一つの声が頭の中に響いてきた。
『こちら川城白鳥。聞こえています、女神様。何かありましたか?』
マリーはその甘い声を聞くと、深く息をついた。
『もう遅いかもしれないけど……あなたがいる時間軸は間違っていたの。ごめんなさい、目的の人に出会えたのに、そんな場所に送ってしまって……』
『えっ、でも……おっしゃった通りの“存在”はこの時間軸にいますけど?』
混乱した様子の声が返ってきたが、マリーは静かにその声を遮った。
『私も最初は正しいと思ってた。でも……“お父さん”が言ってたの。私は正しい時間軸に送られるべきだって。だから今、私はこっちにいる。だからあなたも、今度こそ正しい場所に来てほしいの。いいわね?』
『……わかりました。では、こちらでの全てを捨てて向かえばいいのですね?』
『捨ててもいいし、もし誰かと一緒に来たいなら、それも自由よ。』
その時、マリーの意識の中に、真っ白な空間が広がった。そこに立っていたのは、美しい金髪の少女――ただ、その笑顔にはどこかぎこちなさがあった。
「女神様……以前おっしゃったこと、いつ実行すればよいでしょうか?」
少女は少し不安そうに言った。「……圭くんのことは、忘れた方がいいのでしょうか?」
「圭くん……?あの探していた男の子のことね?大丈夫、もし一緒に来たいなら連れてきていいわよ。」
少女の瞳がぱっと輝き、こくりと頷いた。
「ありがとうございます、女神様……」
「前にも言ったけど、私は女神なんかじゃないのよ。」
マリーは少し苦笑しながら続ける。「さて……そろそろ行かないと。またすぐに会えるわ。」
「はい、女神様。」少女はにこやかに頷いた。
(……ほんと、頑固な子ね)
そんな思いがマリーの中で過ぎった直後、白い空間は消え去った。
目を開けると、再び現実に戻っていた。すぐに個室から出て、山田さんが待っている席へと戻った。
「お待たせしました。」マリーは柔らかく微笑みながら席に座った。
「いいんだ。心配しなくていいよ。この後は飛行機に乗る予定だけど、大丈夫かい?」
マリーは頷きながら笑みを浮かべた。
その言葉通り、山田さんと共にその場を後にし、しばらくの滞在を終えて、ついに彼女は本当に大切な人を探す旅へと向かうことになった。
飛行機は空を舞い、数時間後――彼女は東京に到着した。
初めて訪れる国。高層ビルが並び、無数の人々が行き交う光景は、まるで映画の中の世界のようだった。
彼女の顔は、まるで冒険に胸を膨らませる子供のように輝いていた。それを見つめる山田さんの表情は無表情だったが、心の中では嬉しそうに微笑んでいた。
ふと、何かを思い出したように、彼は口を開いた。
「高宮さん。会社に行く前に、まずあなたをある場所へお連れしたいのですが、よろしいですか?」
子どものように興奮していたマリーの顔が、一気に落ち着いたものに変わった。
「ええ、構いません。どこへ?」
「ついてきてください。案内します。」
「その前に……これ、どこに置いたらいいでしょうか?」
マリーは手にしていたスーツケースを目線で示した。
「ああ、ごめん。気づかなかったね。まずは君のアパートを案内するべきだったな。」
「アパート……?ということは、一人暮らしなんですね?」
彼女の顔にまたワクワクした表情が戻った。
山田さんは視線を少しそらして、苦笑気味に言った。
「まぁ、そうなるね。……嬉しそうだな。」
マリーは勢いよく頷いて、さらに話を続けた。
周囲を見渡すマリーは、街の風景をまるで全て理解するかのように見つめていた。これも彼女の力の一つだった。言語や文化に関係なく、全てを理解することができる。
空気、場所、人々。その全てを、まるで肌で感じ取るように理解していた。
しばらく二人は歩き、その後タクシーを呼んで、マリーの新しい生活が始まるアパートへと向かった。




