第59話 高校時代の過去 後編
まるで、それを隠そうとしているかのようだった。少なくとも、来週までは。
それでも、彼女はきっと少しは悲しむだろうと思っていた。だが、残念ながら、それは一度も起きなかった。
ある日、少し時間ができたので、彼女を呼び出すことにした。彼のことを伝えて、それから彼への気持ちを聞いてみたかった。だから、放課後、学校の裏に彼女を呼び出した。
彼女の名前は橋本凛。最近では、少しずつ男子たちの注目を集める存在になっていた。
彼女は腕を組みながら、私の言葉をじっと待っていた。
話し始めるのをためらったが、「拓也のために」と心の中で何度も繰り返し、勇気を振り絞った。
「急に呼び出してごめん。大事な話があるんだ。」
彼女は不機嫌そうに、「早くして。もっと大事な用事があるの」と小さく呟き、私の方をじっと見た。
「拓也加納のことなんだけど、彼、大人の親戚と釣りに行ったんだ。でも、その親戚が餌を取りに一時的にその場を離れたとき、ボートがひっくり返っちゃって……」
「彼、どれだけ頑張っても泳げなかったし、その親戚も近くにいなかったから……拓也は溺れてしまった。今はもう、この世にいないんだ。」と私は続けた。
言葉を口にするたびに、罪悪感が強まり、顔を伏せるしかできなかった。悲しみは、それ以外では表現できなかった。
沈黙がその場を支配し、私は彼女の反応を待った。
「そう……」
たったそれだけ? 拓也と一緒に過ごした思い出もあったはずなのに、それだけの反応? いや、きっと何かもっとあるはずだ。
「それだけ?」
そう問い詰めると、彼女はくすっと笑って、見下すような目で私を見た。
「何を期待してるの? 悲しんでほしいの? 正直、ホッとしてるよ。もう、あいつに付きまとわれずに済むんだから。」
あまりにも残酷な言葉だった。なぜだかわからないけど、無性に腹が立った。彼をまるで“モノ”のように扱うその態度が、許せなかった。
怒りを感じながらも、私は次の質問を口にするしかなかった。もう後戻りはできなかった。
「彼、君に告白したって言ってた。でも、君は『答えは後で』って言ったらしい。今、彼がいないこのタイミングなら、あの告白にどう答えるつもりだったの?」
彼女は、まるでおかしな冗談でも聞いたかのように笑い出した。
「私があんな子と付き合うわけないじゃん。冗談もいいとこよ。最初から遊んでただけ。彼が私に惚れてるのはバレバレだったし。あいつが初めてでもないけど、今までで一番笑えたかも。」
悔しさで拳を握りしめた。唯一の友達だった彼を侮辱する彼女の言葉に、何もできない自分が情けなかった。
彼のことをさらにバカにするように笑った彼女を、私は怒りを込めた目でしばらく睨みつけた。
彼女はそれに気づいたようで、偉そうにスマホを取り出し、誰かにメッセージを送り始めた。
「そんな目で私を見る権利があるとでも思ってるの?」
数分後、三人の生徒が現れた。背格好からして三年生のようだった。
彼らはニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら、私に近づいてきた。
「お前が凛ちゃんを困らせてるって奴か?」
彼女は腕を組んだまま、同じ笑みを浮かべて見守っていた。そして彼らは、まるで狩りをするかのように私に近づいてきた。もちろん、友好的な意図なんてなかった。
突然、顔に衝撃が走った。一人が私に拳を叩きつけたのだ。それを合図に、三人は一斉に私を殴り始めた。
その日以来、私は強くなろうと決意した。そして、もう二度と誰にも心を開かないと誓った。
家に帰ると、母さんと姉たちが「どうしたの?」と心配してくれた。でも私は本当のことを言わなかった。変わっていく私を見て、やっと少しずつ気づいていったのかもしれない。
私は格闘技を学び始め、心を鍛え、感情を捨てるように努めた。
けれど、それが最後のきっかけではなかった。
その数週間後、彼女は今度は少し太めの男子を、全校生徒の前で徹底的に辱めた。彼もまた彼女に告白した一人だった。でも彼女は、まるで壊れたおもちゃを捨てるかのように、彼を罵倒し、嘲り笑った。
あの日、彼はもし仲間たちが支えてくれなかったら、自殺していたかもしれない。最終的に、彼は海外へと行ってしまった。それが彼に関する最後の情報だった。
それ以来、私は人を遠ざけるようになった。残りの学年は孤独の中で過ごし、自らを閉ざしていた。
それでも、最後の学年でまたカズトに再会した。
そしてある日、タナカと初めて話すことになった。彼もまた、カズトのように私に声をかけてくれた。だが、以前のようには心を開けなかった。
私は鍛錬を続け、自分を守るために努力を重ねた。強くはなれたけれど、過去のあの日々は今も忘れられないままだった。
◇◆◇◆
物語の続きを語り終えたあと、リョウコは僕の頬にキスをして、再びそっと僕の手を握った。
「話してくれてありがとう。あなたのことをもっと知れて嬉しい。それに、前にも私に話してくれたこと、あれもすごく嬉しかったの」
「ねぇ、一つお願いしてもいい?」
そう続けると、彼女は少しも恥ずかしがらず、自然な笑顔を浮かべながら言った。
「これからは、あなたの笑顔を見るのは私だけにしてくれる? そのワガママ、聞いてくれる?」
僕は少し微笑んでから、そのお願いに答えた。
「君がそれを望むなら、そうするよ」
「ありがとう。じゃあ、さっき会った場所に戻ろう?もう少しだけ、あなたと一緒にいたいの」
歩き出す前に、僕は彼女の手を握り返して、一緒に今日会った場所へ戻ることにした。
夜の最後の笑顔を交わして、僕たちは歩き始めた。
◇◆◇◆
その場所に近づいたとき、見覚えのあるシルエットが目に入った。そして、さらに近づくと、それが誰なのかはっきり分かった。
ミナミ君は少し驚いた表情を浮かべ、私はというと、そこにいた知り合いたちの多さに圧倒されていた。
美翔ちゃん、朱音ちゃん、川木 陽葵、直人、ユメ、それにミサキ…みんな、なんでここに?そして、お姉ちゃんまで…もしかして……?




