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第57話 第一歩

 

 ◇◆◇◆


 12月24日。


 夕暮れが近づき、いよいよその時が来ようとしていた。街にはイルミネーションが灯り、クリスマスイブの訪れを告げている。姉さんは家におらず、公園通りに向かう時間も迫っていた。そろそろ準備しないと。夜7時にはあそこにいなければならない。


 白い服に温かいコートを羽織ろう。ちゃんとした格好をしなきゃ。何となく、そうするべきな気がする。。


 準備を終え、部屋の大きな鏡の前に立つ。


 髪はいつも通り下ろしたまま。白のエレガントなブラウスに、少しフィット感のあるパンツ。この季節の寒さをしのげるように。そして最後に、大きめのジャケットを羽織る。暖かさに包まれ、安心感を覚えた。


 軽くメイクをする。最近はしなくなっていたけど、前にミナミ君が「女の子って、化粧しない方が可愛く見えることもあるよ。それが“本当の自分”って感じでさ」と言っていたのを思い出したから。


 家を出て、待ち合わせの場所へと向かう。しかし、到着してみると、彼女の姿はなかった。少し待つことにして、周囲の光景を眺める。


 街路樹に飾られたイルミネーション、辺り一面に広がる深い青の輝き。あまりにも美しくて、思わず見とれてしまった。


 背後にそびえるクリスマスツリーもまた、青く輝いていて幻想的だった。でも――その向こうに、見覚えのある顔を見つけた。


 ミナミ君? どうしてここに?


 声をかけようか迷ったが、やめておくことにした。彼がここにいる理由は分からないし。そんなとき、スマホに通知が届く。


[頑張ってね]


 ……え? どういうこと? まさか…


「……くそっ、姉さん」小さく呟く。「そういうことだったのね。悪い作戦じゃないけど、前もって言ってくれたら心の準備くらいできたのに……」


 どうすればいい? ちらりとミナミ君を見ると、彼もこちらに気づいたようで、視線が合ってしまう。


 もう、避けられない。やるなら今しかない。


 迷いを抱えながらも決意を固める。今日……今日こそ、気持ちを伝えるんだ。もし振られてもいい。後悔しながら生きるなんて、絶対に嫌だから。


 深く息を吸い込み、一歩踏み出す。ミナミ君はすぐそこにいる。ただ、歩けばいいだけ。


 近づくと、彼はスマホの画面を見つめていた。


 その姿を見て、思わず切なく微笑む。手を前でぎゅっと握りしめ、声をかける。


「……こんばんは、ミナミ君」


 彼は一瞬驚いたように目を見開いた。こんな表情の彼を見るのは、数えるほどしかない。そのことが、少しだけ嬉しかった。


「……リョウコ? どうしてここに? もしかして……」


 私は黙って頷いた。彼に何があったのかは分からない。でも、何となく察しはつく察しがついた気がした。


「……その、ずっと会いたかったの。どう……かな? 似合ってる?」


 胸が高鳴る。どうしよう、緊張して言葉が出なくなりそう。こんな調子じゃ、せっかくのチャンスを逃してしまうかもしれない。


「……すごく、似合ってるよ」


 彼は顔を隠し始めた。


 どうしてだろう? もし理由を無理に探ろうとしたら、彼に嫌われるかもしれない。それだけは絶対に嫌だ。だったら、素直に聞いたほうがいい。……そう、聞くしかない。


「……何かあった?」


「いや、何でもない。ただ……ただ、君に会いたくなっただけ」


 ミナミ君が……私に会いたかった?


 ああ、もう、恥ずかしい。こんなの、ますます好きになっちゃうに決まってる。


 彼の言葉に驚き、戸惑っていると、私たちの間に気まずい空気が流れ始めた。彼は再び私を見つめる。


 そして――なぜか、視線が私の唇に向かっている気がした。


「……私、顔に何かついてる?」


「いや、何でもないよ。気にしないで」


 ミナミ君は少し視線をそらしながら、続ける。


「それより、少し歩かないか? 8時まで」


 時計を見ると、まだ7時半。30分。彼と一緒に過ごせる30分があれば、ちゃんと伝えられるかもしれない。


 私たちは歩き出した。手をつなぐことはなかったけれど、一緒に並んで歩くだけで十分だった。


 辺りを見渡しながら、ミナミ君の様子を盗み見る。まるで初めてこの景色を見たかのように、目を輝かせている。その姿が少し微笑ましくて、くすっと笑いそうになった。私にとっても、この景色は何度見ても新鮮で、まるで初めて訪れたかのような気持ちになる。


 ――何か話さなきゃ。この沈黙、なんだか落ち着かない。


 だけど、何を言えばいいのか分からない。


 まさか、姉さんがこのタイミングで私とミナミ君を会わせるように仕組んでいたなんて。悪いことではないけれど…事前に知っていたら、もっとしっかり準備できたのに。


 ……それに、姉さんはどこにいるの? どうして私がここにいるって分かったんだろう?


 まあいいや。あとで会えたら、お礼を言わないと。


 このチャンスを逃したくない。だけど、どうやって伝えればいいのか分からない。


「こうして話すの……しばらくぶりだね」


「そうだな。ついこの前のことだけど」


「ミナミ君、ちょっと聞きたいことがあるんだけど… 何してたの? 誰かを待ってるみたいに見えたけど。今さら聞いちゃってごめんね」


 ミナミ君はふと視線をそらし、少し迷うような表情を見せた。もしかして、あまり聞かれたくなかったのかな?


「もし話したくないなら、無理に聞かないよ。話したくなったら、その時でいいから」


 そう続けると、彼は小さく息をついて答えた。


「……妹たちを待ってたんだ。ここに来るって言ってたのに、結局来なかった」


「そっか、それなら納得だね。でも、なんだか不思議…姉さんも同じことをしたんだよ」


 ――そうか。


 すべてがつながった気がした。


 この機会を逃さないほうがいい。だけど、まだ心のどこかに迷いがある。


 拒絶される恐怖が、また私の心を蝕もうとしていた。


「そうか……。じゃあ、8時になっても来なかったら、帰るって連絡しておくよ」


 その言葉を聞いた瞬間、胸が締めつけられるような寂しさを感じた。


 すでにだいぶ歩いたけれど、残り時間はあと16分しかない。……私は、どうすればいいの?


 焦りばかりが募っていく。


 伝えるべきなのか、伝えないべきなのか。迷いが増すばかりで、言葉が喉に詰まる。


 そのまま、私たちは歩き続けた。気づけば、もうここを離れてしまっていた。


 ――寒い。


 けれど、それよりも今の状況のほうが、よほど私を震えさせた。


 ミナミ君は相変わらず落ち着いた表情のまま。


 一方の私は、告白するタイミングをずっと探していた。


 けれど、気づいたときにはすでに公園通りを抜けてしまっていた。


 残された時間は、もうほとんどない。


 人混みの中にいても、私はどうやって伝えればいいのか分からなかった。


 どうしよう。今すぐ言わなきゃ。時間がなくなっちゃう――!


 ……結局、私のせいだ。


 ずっと自分から話を続けなかったから。


 そんなことを考えているうちに、とうとうその時が来てしまった。


 近くの時計が、ちょうど8時を指していた。


 ――今しかない。


「ミナミ君」

「リョウコ」


「先に言って」

「先に言って」


「じゃあ、私から」

「じゃあ、俺から」


――……………………


 ……同時だった。


 ミナミ君は、私に何を言おうとしているの――………?


 沈黙が流れる中、私はうつむきながら、小さく呟いた。


「……いいよ。先に、言って」


「……もう時間だから、そろそろ行くよ。ナオトと春姫さんによろしく伝えておいて」


「そっか、それだけだったんだね。……分かった、伝えておくよ。私からも、美翔ちゃんと朱音ちゃんによろしくね」


「うん。じゃあ、また」


「……うん」


待って、まだ言えてない。行かないで……!

 人混みに紛れて、彼の姿が見えなくなるまで見送ることしかできなかった。

 結局、私は最後まで自分の気持ちを伝えられなかった――。


 そんな時、背後から声が聞こえた。


「……追いかけなくていいの?」


 振り返ると、そこにいたのは 姉さん だった。

 周囲の人々が彼女を驚いたように見つめる中、彼女はゆっくりと私の方へ歩いてきた。


「分からない……言いたかったのに、言葉が出てこなかった……」


 悔しい。

 自分が大嫌い。

 絶対に伝えるって決めてたのに、こんなにも辛いなんて……。


 姉さんは、そんな私の気持ちを察したのか、悲しそうに微笑んだ。


「何が君を止めてるの?」


「自信がないなら、今すぐ行きなさい」


 そう言いながら、彼女は私の背中をそっと押した。


「後悔しながら生きるほうが、よっぽど辛いわよ」


 私は戸惑いながらも、彼女の言葉に耳を傾けた。


「行って。あなたならできる。信じてるから」


 ――そうだ。


 まだ間に合う。

 まだ、伝えられる。


「……ありがとう、姉さん」


 そう言い残し、私は駆け出した。


 今度こそ、絶対に伝える。


 走りながら、心の中で何度も何度も繰り返した。


 そして――


 見つけた。


 彼はちょうど、歩道橋を渡り始めたところだった。

 橋の上には彼しかいない。


 ――今しかない。


 階段を駆け上がり、迷うことなく声を張り上げた。


「ミナミ君!」


 彼が振り返る。


 その瞬間、私は彼に飛び込んだ。


 そして――


 抱きしめて、唇を重ねた。


 目を閉じながら、彼の温もりを感じる。


 二人で倒れ込んでしまったけれど、私は彼を抱きしめたまま震えていた。


 ゆっくりと唇を離し、震える声で、ようやく言葉にする。


「……ミナミ君、わたし――」


「――わたし、ミナミ君のことが好き。」


「すごく、すごく好き…!」

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