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第53話 小さな再会

 ◇◆◇◆


 家に帰ってきたばかりだ。リョウコと時々話すことが、なんとなく恋しく感じる。玄関に入り、靴を脱いでスリッパに履き替えた。


「ただいま!」


 だけど、なぜか美翔が迎えに出てこなかった。代わりに出てきたのは——朱音だった。


「おかえりなさい、お兄さん」


 靴を脱ぎながら彼女の方を見た。「珍しいな。迎えに来るなんて。美翔は家にいないのか?」


「姉さんなら、何か買いに行くって言って出かけたよ」


 そう聞いて、俺はそのまま自分の部屋へ向かった。試験が近いから、勉強しないといけない。机に座り、参考書を開く。俺にとっての勉強法は単純だった。重要なページを10枚ほど読んで、声に出して確認する。それで今日の勉強は終わり。


 だけど——何かが足りない。彼女の声が聞きたい。


 ベッドの上に置かれたスマートフォンに目を向けた。少し距離があるのに、まるで何か大事なもののように、じっと見つめてしまう。最近は、この時間になると自然と電話をするのが当たり前になっていた。


「……声が聞きたい」


 そう思った。でも、できない。今日のできごとを考えれば、俺からかけるわけにはいかない。このまま考えすぎても仕方ないし、少し外に出て気分転換しよう。何か飲み物でも買ってこようか。


 そう思い、机から立ち上がり、階段を降りる。玄関へ向かおうとしたその時——ソファでテレビを見ながらクッキーを食べていた朱音が、俺の方を見た。


「お兄さん、どこ行くの?」


「ちょっと飲み物を買いに。すぐ戻るよ」


「ふーん、てっきり姉さんを迎えに行くのかと思った。さっき帰ってきたよ」


「そうか……知ってるよ。じゃあ、行ってくる」


 それだけ言って、俺は家を出た。コンビニへ向かう道は静かだった。頭を冷やすにはちょうどいい。ついでに、何か甘いものでも食べたい。……そうだ、どら焼きでも買おう。


 そう決めて、スーパーの中を歩き回った。商品の棚を眺めながら、買うものを選んでいた時だった。レジの前に、一人の子供が立っていた。こんな夜遅くに、たった一人で。しかも、手には数袋のグミ。支払いをしようとしているのは——クレジットカードだった。


 問題は、カードに十分なお金が入っていないように見えたことだった。 このままでは夜が更けてしまい、子供にとっても危険だ。 しかも、すぐに諦めて帰る様子もない。


 自分の問題ではなかったが、空気を変えたかったし、早く外でどら焼きを食べたかったので介入することにした。 すると、二人とも驚いた顔をしてこちらを見た。 特にその子供は、自分のカードの問題に不安そうな表情を浮かべていた。


 しかし、じっと見ていると、その顔に見覚えがある気がした。 どこで見たことがあるんだ?


「すみません、私が払います。それと、これもお願いします。」


 そう言って、自分のどら焼きをレジに置いた。


 店員に近づき、財布からお金を取り出し、子供の分もまとめて支払う。


 これで問題は解決した。 もう彼を悩ませることはない。


 黒髪で、暖かそうな服を着た少年は、驚いた表情のままこちらを見つめていた。 彼に何か言いたそうな様子はあったが、声が出ないようだった。


 店を出た後、買ったどら焼きの袋を開けながら、しばらくその場に立っていた。 すると、突然少年が店から慌てて飛び出してきた。


 彼は俺の姿を見ると、少し落ち着き、恥ずかしそうにこちらへ歩いてきた。 どこかで見たことがある気がする…… いや、むしろ「彼女」を思い出させる雰囲気があった。


「どうかした?」


 そう声をかけると、彼は俺の前まで来て、俺が買ってやったグミの袋を握りしめながら話し始めた。


「その……グミを買ってくれてありがとうございました。 これで家に帰れます。」


 彼は深々と頭を下げた。 礼儀正しい子だった。 それなら、家の近くまで送ってやるのも悪くないかもしれない。 もっとも、本人が嫌がらなければの話だが。


「家はここから遠いのか? ここで見かけるのは初めてだけど。」


「いえ、もう少し先の方です。 でも、欲しかったものが近くの店にはなくて、ここまで来たんです。」


「なるほど、そういうことか。」


「はい、そういうことです。」


 一瞬の静寂が流れた後、彼は続けた。


「あっ、ごめんなさい、自己紹介がまだでした。俺は沢渡(さわたり)直人なおとです。よろしくお願いします。」


 すぐに彼の名字を聞いて、なぜ彼がリョウコに似ているのか理解した。 以前、彼女が弟の話をしていたのを思い出したが、まさかこんな形で出会うとは思わなかった。 とはいえ、まだ確信が持てない。 彼の口から直接確認する必要がある。


「君はリョウコの弟か?」


 俺の問いに、彼は驚いた表情を浮かべた。 まさかこんな言葉が俺の口から出るとは思っていなかったのだろう。 それに、彼女の名前を親しげに呼んだことで、俺たちの関係を誤解したのかもしれない。


「……お兄さんは、ワンエーサンの彼氏なの?」


 やはりそう思うか……だが、まさかこんなにストレートに聞かれるとは思わなかった。 どう説明すればいいか迷う。


「それは…… まあ、その……」


 だが、俺の答えを待たずに彼は続けた。


「……お兄さんはニーサンのボーイフレンドですか?」


 その言葉が発せられた瞬間、遠くから別の声が聞こえてきた。


「直人? こんな時間に何してるの? さあ、帰るよ。」


 振り向くと、そこにはリョウコが立っていた。 部屋着姿で、じっとこちらを見つめている。

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